FE

□滞る水は腐り、満ち足りる者は成長せず。いざや、知恵の実を口にせよ。
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※ゲームと時間軸にズレがあります



イーリス聖王国から北に進んだ街道。周囲は林が茂っていた。その林の中に、簡素であるがそこそこ大きな木造りの建物がある。街道からわずかに外れた其処が、自警団の拠点となっていた。正規軍の存在しないイーリス聖王国に於いて、この自警団は極小ながらも大きな役割を担っている。王国にはフィレイン率いる天馬騎士団も存在しているが、先の戦争によりその人数は激減し、現状では聖王エメリナの護衛及び王都警備に人員を割くだけで手一杯であった。自警団には入隊の条件は特に無く、クロムが声を掛けた者や自ら名乗りを上げた者で構成されており、そこに身分の差はほとんど無かった。自警団の中では貴族も平民もみな一様に団員のひとりと認められ、クロムが出自で何か線引きをすることも無い。彼らは自発的な王都外を主とする警備の他に、エメリナから受ける依頼をクロムによる招集のもと行なうのが常である。拠点は、団員であれば誰もが好きに利用して良いものとしていて、最低限の生活が可能となっていた。そしてこの自警団の拠点が、現在ではナマエとルフレの生活拠点ともなっていた
「ナマエ、なにを読んでるの?」
昼下がり、拠点にはルフレとナマエしか居ない。ルフレは自室として使用している部屋の掃除を終え、何か食べようと広間に来た。そこではナマエが本を読んでいた
『うん、イーリス聖王国の歴史書かな』
ナマエは読んでいた本の背表紙をルフレに見せる。傷みの少ないその本には“年代記”とだけ記されていた
『正確には写しなんだけどね』
「へえ。僕も興味あるな」

ナマエはクロム一行と共に王都を訪れ、そこで聖王エメリナに謁見した。事情はほぼクロムとリズが話し、フレデリクが補足していくもので、当人であるナマエは苦笑を零した。どうやらエメリナはナマエとルフレの処遇はクロム達の意思に一任するようで、ナマエの事情には大きく反応を見せたものの、その場は労いと歓迎の言葉を述べるに留まった。ナマエが王都に来たのはクロム達に声を掛けられたことと、それに伴い自身が置かれた立場について情報を得る為だ。結果として、城に保管されている資料に目を通す許可は貰ったが当然、中には閲覧禁止や持ち出し禁止の物が多数あり、ナマエが本を閲覧するには制限があった。図書室で閲覧する際には最低ふたりは兵を付けることと、フレデリクとフィレインの双方が是としたものしか持ち出してはいけないと言うものだ。クロムとリズは良い顔をしなかったが、異論は無い。しかし、夜の森で起こった不可解な出来事について早急に対応するとして、王都に着いた日からずっと会議が行われている為、実際にナマエが図書室に留まる時間は無いに等しかった。これについても異論は無い。そもそも図書室にある膨大な数の本の中から確実な物を選び取ることなど出来ないし、自分と同じ人間が居たとしてそれが記録として残される立場の人間であるだろうか。例えば辺境の地に落とされた農民だったなら。訳もわからず、成すすべなくその土地で生きるしかないだろう。結局は、己の足で調べるしかないと思っている。歴史書を読めるだけでも大きな収穫だ

「ナマエの時代と比べると、どう?」
『ううん…まあ、違うよね。大陸の形も変わっているし。国については…同じ国でも指導者が変わればまるで違うものになる事もあるから、比べることは出来ないかな。世界情勢についても同じく』
「そうかぁ」
『でも、争いが絶えないのは私の時代も今も変わらない』
「…そう」
パリパリと本を捲りながら事も無げにナマエが言う。二千年と言う時間が経ってなお変わらないものはそれだけなのかと思うと、ルフレの心は沈む
「…幻滅した?」
『え?』
「ナマエ達が命懸けで戦いを収めたのに、結局争いは生まれて、それが今も続いてて…」
『いや、幻滅なんてしないよ』
ルフレは申し訳なさそうに眉を下げて問うたが、ナマエはきっぱりと否定する。それでもルフレはナマエに対してどこか罪悪感を抱いたままだ。戦争を終わらす引き換えのようにしてナマエは時代を飛んで来たのに、情勢は不安定でまたすぐにでも争いが始まりそうなこの世界を見られているのが、たまらなかった
『ルフレ。私はね、争いとは不滅のものだと思ってる』
ルフレは俯きがちだった顔を、弾かれたように上げた。その目は驚きに見開かれている
『人が思考することを止めない限り、争いは起きるよ』
「で、でも、ナマエはもう争いが起こらないようにする為に戦ってきたんでしょう?」
『そうだね』
「それなら…!大きな脅威が無くなって、人々は平和に暮らせるよ。確かに今この世界には争いがあるけど…でも、それだって邪竜ギムレーが現れたせいだと思うし、それに…、」
『…ギムレーが勝っていては平和はあり得ない?』
「当然だ!邪竜に支配されてたら平和なんて無いよ!」
『どうかな?私の時代はね、メディウスが勝っていても、一時は争いが起こらない時期があってもおかしくなかったよ』
「……そんな…。どうして、そう思うの…」
『メディウスの望みが、歯向かう人間を根絶やしにすることなら、それが果たされた後の世界は平和と呼べるでしょう』
「そんなの、ほとんどの人間にとっては恐怖でしかないじゃないか!」
『メディウスはもとは立派で聡明で、人間と共存を望んだ竜だったらしい。けれど人間に裏切られた。そしてマムクートが人間に虐げられてきた歴史も確かにある。その逆もあったけれど結果としてメディウスを暗黒竜に堕としたのは人間で、メディウスが勝ったとき、彼に殺されるのはその報いかもしれない』
「…!」
『メディウスから見たら私達が悪なんだろうね』

ルフレは二の句が告げられなかった。ナマエと出会う以前にクロム達から邪竜ギムレーの話を聞いていた。ナマエと出会ってからはメディウスと言う竜が人間を滅ぼさんとしていたと聞いた。そのどちらも人間が勝利していて、ルフレは、当然そうであるべきだと思い疑わなかったし、邪竜の存在がただ恐ろしく人間に害為るものであると認識したのだ。ルフレの中で絶対的に悪である邪竜を、ナマエは悪だとしないのだろうか。その存在を否定せず、けれど良しともせずに敵として相対していたのだろうか。邪竜は本当は哀れで救ってあげるべき存在なのだろうか。人間が勝てばそれだけで世界が平和になると漠然と信じていたけれど
『…まあ、何を言ったって価値観は人それぞれだし私は学者でもなんでもないから、公平には見極められないよ。実際、当事者として戦っていたわけだし』
「……」
『…困ったなぁ』
見るからにしょげてしまったルフレに、ナマエは眉を下げて小さく唸る。悩ませるつもりもなかったし、落ち込んで欲しくもなかった。しかしナマエにはナマエの、確固たる意志がある。それをその場凌ぎで誤魔化したり偽ったりするのは容易いけれど、純粋で真っ直ぐなルフレに対してそうはしたくなかった。彼の思いに真摯に向き合いたかった。ルフレには、クロムに出会うより以前の記憶が無いらしい。生活する上での知識は覚えているそうだが、自身の生い立ちや世界のことなどはすっぽり抜け落ちているらしい。大陸の歴史も、国の歴史も知らないルフレはクロム達から世界を教えられている。だからだろう、善悪や正義がはっきりと区別されているのは。ルフレはクロムの見ている世界の中に居る。千年前に邪竜ギムレーを倒した初代イーリス聖王や、そのさらに祖にあたるであろうマルスに対してひたすら敬愛の念を抱いていることも納得いく

それはそれで構わない。しかしナマエはルフレを乾いた大地に例えられると思った。与えられた知識や思想を余さずぐんぐん吸収している。その種を今はクロムを真似て育て芽吹かせているが、ルフレには自分で考え、新しくそれ以上のものを育てることが出来るのではないかと思った。そう思うのはひとえに彼に軍師の才があるからだ。最善を選び取る先読みの深さ、それでも目まぐるしく変わる戦況の中で瞬時に予測を立て直せる柔軟さ。軍師として最高の素養を持っている。ナマエはまだはっきりとルフレの才を目の当たりにした事がなかったが、皆が皆口を揃えて言うのは仲間意識から来るものだけではないだろう。だとするなら、一遍でしか物事を見る機会が無いのはあまりにも勿体無い。それを決めるのはルフレ自身なのだけど
『ルフレには、譲れないものはある?』
「…え」
『ルフレは私に、命懸けで戦ったって言ったけれど、それは相手も同じことだったよ。お互いに譲れないものがあった。それこそ、命を掛けてしまえるほどのね。そうなるともう、どちらかが倒されるまでやり合うしかなかった。他になにか、もっと上手く収まる方法があったのかもしれないけど、あの時の私達には見つけられなかった』
「……」
『でもね、あの時あの場所で自分の中で譲れないはずのそれを捨ててしまっていたら、私はもう生きてはいなかった』
「…!」
『自分の信じるものの為に。くだらない矜持で、つまらない言い訳でしょう?そんなあやふやなものが、敵味方誰もを支えていたよ』
静かに、穏やかな口調なはずなのにルフレは身じろぎ出来ないほど圧倒されていた。逃げ出したくなるくらいの強い意志と覚悟を浴びせられ、息苦しい。賊を捕らえる為に武力を行使したとき、自分にはどれほどの覚悟があったろう。もうダメだと、あっさり諦めかけた命を繋いでくれたのはこんなにも大きなを人だったのか。答えを持たないルフレは、恥ずかしさすら感じていた

『そうは言ってもこれはただの綺麗事。民も兵も大勢死んだし、生き残った者は苦しいばかりだ。戦わずに降伏するのだってひとつの手段で、それが最良のときは沢山ある。でもいつだってそれが最良なわけではないし、最悪を招く場合もある。まあ、どんな時にも言えるんだけどさ。でも結局、人は見栄や虚栄、欲を捨てられないから争うよ』
「…人が……、人が、人である限り…?」
振り絞るように声を出して尋ねたルフレに、ナマエは微笑む
『きっとね。だって、人が人である限り、希望も捨てられないから』
「きぼう」
『全部壊れても、最後に希望が人を奮い立たせる』
「…それって、じゃあ、結局は何があってもみんな最後まで戦い続けるってこと…?」
『あはは、そうなるねぇ。ごめん、これじゃあルフレの納得いく回答にはならないね。どうも私は考えるのは得意じゃなくて。それに、偉そうなことを言ってもその時は必死でこんなことじっくり考えてるわけじゃないし』
苦笑しながら髪を掻き上げるナマエをルフレはじっと見詰めた。クロムに助けられ自警団に身を置く自分は、もうすでに争いの渦中に放り込まれているのかもしれない。ほど近い将来、誰にも止められない大きな争いが起きてしまう、そんな恐ろしい予感すらある。もしも戦うことがクロムにとって最良ならばその時は間違いなく、自分は戦うだろう

ゆっくりと瞬きする。知るはずのない戦場が、ありありとまぶたの裏側に広がる。敵味方誰もが声を上げ自身の中にある覚悟を振りかざす。そこでたったひとつの命を散らすのは虚しい。戦争なぞやっぱり愚かなことなのだろう。それでも醜いわけじゃないと思いたい。欠片でいいから意味があったと思いたい。だってそこには確かにナマエの姿があったのだから

「…ナマエ。もっと…もっと僕にいろいろ聞かせてほしい。この先、僕の記憶が戻ったとして、もしかするとナマエやクロムと全く違う考えを持っていたとしても、君から聞いたことや今の僕が見てるものは変わらず存在し続けるよ」
この人ともっと沢山話してみたいと思った。彼女の見てきたもの、見ているものをひとつでも多く知りたいと思った。自分が何者かわからない。クロムにとって敵かもしれない。今の自分が受け入れられていても、過去の自分は突っぱねられるかもしれない不安は常にある。けれど知ることを恐れてはいけない。いつか必ず自分自身と対峙する日が来る。今も、本当の自分を知ったときも、胸を張ってクロム達の側に居たい。ナマエに失望されたくない
『ルフレならきっと大丈夫。貴方が望むなら、私に出来る限り、手助けしよう』
「…ありがとう」

























シェヘラザード、真昼もぼくに囁いて



(喧噪渦巻く世界の中でも)(きみの声を聞くよ)


















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はみ出し者たちのお話

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