FE

□望みし未来を模索する者よ、この種に己の全てを託せ。
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ざくざくと舗装の行き届いていない道を進む。時折り見つける屍兵を倒しながらの為、速度は早いとは言えなかった。クロム自警団は今、フェリア連合国へ向かっている。ナマエは行軍の後方を歩いていた








「ああ、僕こういうの向いてないよ…。緊張して心臓が飛び出しそう…!」
左胸辺りをギュッと掴みそわそわするルフレを見てナマエとクロムはからりとした笑い声を漏らしたが、聖王謁見の間の前に立ち、閉ざされた重厚な扉を見上げるルフレはそれどころではないようだ。何度かの会議の後、エメリナの希望によりナマエとルフレは再度、彼女と会うことになった
「よくおいでくださいました」
謁見の間の玉座に座るエメリナは優しく微笑む。清らかで、しかしどこか脆さも覗かせる微笑み。ナマエの知るどの王女とも違う性質を持つその人は、静かな声音で続けた
「お二方の事情はクロム達から聞きました。大変な思いをされ、さぞお疲れになりましたでしょう。こちらに来てからは、幾ばくかお身体は休まれましたか?」
『ご厚情痛み入ります』
「…あっ、は、はい…ありがとうございます…。その、クロムもみんなも、本当に良くしてくださってなんとお礼を言ったらいいか…」
「そうですか、よかった。この国のもとで、クロム達が貴方がたと出会ったのも何かの縁…。私としても、助力を惜しみません」
「あ、ありがとうございます!」
エメリナの言葉に、パッと安堵と喜びの表情を見せるルフレ。クロム達から話に聞いていた聖王女の印象そのままのエメリナへの眼差しはキラキラと輝いている
「あ、あの…!それで、僕たちにお話したいことがあると聞きましたが…」
「はい。この国や、世界情勢についてはクロム達から聞いていますね?」
「ええ…。未だ余談を許さぬ状況だと」
「そのとおりです。加えて、先に現れた異質な兵士のこともあります。今またこの世界で何か大きな災いが起きるやもしれません」
「そんな…」
『……』
そこから続いていくエメリナの言葉を聞きながら、ナマエはただじっと彼女を見詰めていた








「ナマエ!1体そっちへ行った!」
『はあっ!』
ルフレの声を受け、ナマエは鮮やかな動きで迫り来る異形の兵士を斬った。最後の1体だったようで、黒い霧が晴れたら周囲にはクロム自警団の姿しかない
「すまんナマエ!俺様としたことが、浅かったみてぇだ!」
『平気。ヴェイク、身体は冷えてない?だいぶん気候が冷えてきたから動いていても温まりきってないのかも』
「確かにまだ少し足が冷てえ…。つーか寒いのは苦手だぜ」
『着込み過ぎても動きが鈍くなるしね』
「くっそ〜思いっきり斧をぶん回してー!」
フェリア連合国へ近付くに連れて空気が冷たくなる。屍兵と名付られた異形の兵士に気候は関係無いようで、イーリスで遭遇したとき同様の動きを見せた
『ルフレ、声をかけてくれてありがとうね』
「いや僕の方こそ、気づいたのに仕留めきれなくてごめん」
「おっ、なんだよルフレ。つーことは俺様には倒せねえって予想してたってことかぁ?」
「ええっ!?い、いや違うよ!そうじゃなくてっ!」
「はっはっは!わーかってるって!お前、すぐあたふたするからおもしれーんだよ!」
「ええっ!?な、なんだよもう…!」
『確かに、ルフレは反応が素直だから』
「ナマエまで!?」
賑やかな声を上げるルフレに、笑って軽く謝るナマエ。そのやり取りをクロムが見る。ルフレだけでなく、ヴェイクやその他の団員とも少しずつ打ち解けてきたナマエだが、クロムの脳裏にはあの日の、強さと冷たさが同居した彼女の姿が居座ったままだ









「な…っ!?いまなんと言った…!」
エメリナに1番近い場所に居たフィレインが、思わずと言う具合に声を荒げた。驚愕したその視線の先には、真っ直ぐにエメリナを見るナマエが居る
『…そのお話を、お受けする事は出来ないと申し上げました』
ちらりとフィレインを見やるが、やはりナマエはエメリナを見据えて言葉を返した
「貴女は自分の立場をわかっておられるのか!」
「やめなさい、フィレイン」
「エメリナ様!しかし…!」
「良いのです」
詰め寄ろうとするフィレインを制したエメリナは、ナマエに問い掛ける
「ナマエさん」
『はい』
「理由を聞いても?」
『単純なことです。私がマルス様以外にお仕えする事はありません』
「…ナマエ」
吐息を吐くようにルフレが小さくナマエの名を呟く。その表情には不安と心配がありありと浮かんでいたが、ナマエがそれを見ることはなかった。エメリナが口にしたのも、単純なことだった。イーリス聖王国の現在の状況、そして突如現れた正体不明の異形の兵士。それらを打破する為、ナマエとルフレの力を貸して欲しいと言うものだ。ルフレに断る理由は無い。むしろ、自ら進んで力になろうとしている。しかしナマエはそうはいかない。ナマエにとってエメリナの提案を承諾するという事は主君を斬るに等しく、また、己の矜持を折る行為そのものなのだ。ナマエと視線を合わせていたエメリナが、少し視線を落として息を吐いた
「…ナマエさんのお気持ちは良くわかりました。不躾な願いを押し付けようとしてしまい、申し訳ありません」
『いいえ、このような不敬をお許しくださり感謝いたします』
「ナマエ…」
ルフレは再度ナマエの名を口にする。今度は視線がかち合った。少し眉を下げて困ったように小さく微笑むナマエに、ルフレは何と言えばよいのかわからなかった。此処でひとつでも間違えればナマエは自分の前から姿を消すだろう。まだ一緒に居て欲しい。あまりにも早すぎる別れではないか。けれどナマエの答えははっきりと示され、そしてそれは己の答えとは正反対なのだ。小さな子供のような我儘な態度を取れば、もしかすると僅かに望みがあったかもしれない。しかしナマエの表情がそれをさせてはくれなかった。何か言わなくちゃと開けた口が音を出せずに閉ざされたと同時に、既に聞き慣れるほどになった声がした








神経を擦り減らしたフェリアの国境兵に刃を向けられる。大怪我を負わさぬよう注意を払いながらそれを受け止めた。怪我をさせずに相手を負かすとはとても難しいものだと、兵士の剣をいなしながらクロムは苦い思いでいた。こんなところで時間を取られるわけにはいかないのに、思うように動けなくてもどかしい。クロムは外交はおろか政治事への介入がこれまでほとんど無かった。政治事はすべて姉である聖王女が執り行っていて、クロムはもっぱら自警団として国内を歩くのみだった。まだ焦らなくてよいと言う姉の言葉に甘えていた自分を今は恥じる。たった一度でも姉に付き添い国際会議の場に顔を出していれば、こんな事態にはならなかったのに。顔も知られていない次期聖王候補とは、聞いて呆れる。気が逸るばかりのクロムは自然と国境兵の隊長である女に目を向けた。鋭い眼差しでクロム自警団を睨めつけた彼女はまさしく戦士で、確固たる意志のもと身の丈以上の槍を振るう。強い。フェリアの兵士は戦うことに長けていると聞いてはいたがこれほどとは。その姿が少し似ている、と思った。そう思ったと同時に、脳裏に浮かんでいたその人がライミの前に躍り出た










ーーー 友として俺に力を貸してくれ

国の為に。政治のために。王の為に動けぬのなら。友を支えてはくれないか。フレデリクとフィレインは外聞もなく頭を下げるクロムを止めようとするが彼が姿勢を崩すことは無い。過ごした時間が短くてもナマエの人柄も実力も信じている。何より、クロム自身が彼女をもっと知りたかった。ナマエの強さも生き方も考え方もどれも、クロムには新鮮で魅力的に映った。交わるはずの無い時間の流れを生きていたその人は、クロムの側に居る騎士とはまた違って思える。時代がそうさせるのか、本人の資質によるものかはまだわからないが、わからないからこそ知りたかった。だから自分のこの行動はほとんど無意識だった。なんとかして繋ぎとめておきたいと思ったがゆえの咄嗟の行動で、それ以外に何も無い。純粋な想いだったが、ナマエの顔を見れなくて長いこと頭は上げられなかった









「クロム様!」
スミアの声にハッとして意識を戻せば、剣を振り上げる兵士が居てクロムはすんでのところで避けた。剣の柄を握り直して相手と向かい合う。素早く攻撃を仕掛ければコチラの動きに着いて来られない相手を上手く気絶させることが出来た。ペガサスに跨り空から仲間を援護するスミアに軽く手を上げる。一拍呼吸を整えて、また目の前の状況に気持ちを集中させた。あと少しで終わる。ナマエがあの門兵に負けるとは思えない。国境を任されているだけあって彼女の実力は本物だが、それでもナマエと比べれば結果は見えている。そう考えつくだけでクロムは自然と肩の力を抜いて動くことが出来た。冷静に周囲を見渡せば、既に勝負は決していると言っていい様子だった。あとは最後の砦を落とすだけ

刃が弾かれるひときわ高い音に続きガランガランと大きな音が鳴る。相手の槍を弾き飛ばしたナマエが剣を向けたまま立っていて、尻餅をつく門兵−−ライミは茫然とナマエを見上げていた。息の乱れぬ姿に、クロムは思った通りだとひとり納得する
「ナマエ、無事か」
『見ての通り』
クロムは?と逆に訪ねられ、こちらも問題無いと返す。ナマエがすぐに視線をライミに戻したので、クロムもならってライミを見た
「手荒な真似をしてすまない。しかし、俺たちは本当にイーリスから遣いで来たんだ。俺は、エメリナ聖王女の弟、クロムだ」
ハッと我に返ったライミは深い謝罪の言葉を述べ、すぐさま王のもとへ案内することを約束した。これでようやくこの地に来た目的を果たせる。安堵からクロムは大きく深呼吸する
『よかったね』
「ああ。一時はどうなる事かと思ったが」
『それだけ情勢は緊迫してると言うことだね。少しの隙が命取りになるのを、彼女はよく理解してる』
「…俺がもっと政治に関わっていればよかった。姉さんに任せきりだったんだ」
『物事には順序がある。クロムは自警団を作って国を守っていたんでしょう?』
「しかし、それだけじゃ駄目だったんだな。甘えていた」
『甘えだなんて思わないよ。今回は自警団でなければ動けなかったでしょう。けれど、クロム自身がそう感じたならこれから覚えていけばいい。焦る気持ちがあっても、ひとつずつ順番にね』
告げてもいない胸の内を見透かされ、ドキリと心臓が鳴る。それと同時に、つかえていたモヤが体から流れ出ていくような心地も味わう
「……英雄王も、そうだったのか?」
ずっと気になっていたことを口にしてしまった。ナマエと出会ってからの自分はいつも何かを考えている。自分はこんなに思慮深い人間だったろうか。世界に異変が起こりつつある状況の中で頭を悩ますのは当然で、ナマエの存在抜きしても山積みの問題に直面して考え込んでいただろう。その中できっと、今と同じように立場ある存在にも関わらず他国との交渉ひとつまともに行なえない自分に憤りを感じたろう。そのとき自分は、どうやってこのモヤを晴らしたのだろうか。ナマエの言葉無くして、焦らずに居れたろうか。頼りになる者はすでに側にいるが、その声をどこまで聞けたろうか。英雄王は、ナマエ以外の声にも耳を傾けていたのだろうか

『そうだね』
ナマエの声に意識を引き上げられる。どこか遠くを見ているナマエは、此処に居ない人を想っているのだろう
『マルス様は目まぐるしい情勢の渦中に無理やり放り込まれてしまったから、否が応でも動かなければならなかった。けれど、あの方は勤勉だったから。相談役の話をよく聞き、よく学び、立派に軍を率いておられた』
クロムは、歴史書の中でしか知らない英雄王とその隣に立つナマエを想像する
「…そこにはナマエの支えもあったんだろう」
『うん?どうかなぁ。私は不真面目だったからね。サボりの指南はしても、政(まつりごと)はさっぱりだよ』
目を細めて茶化したように笑ったナマエに、クロムは目を開く
「…そうなのか?」
『そうなの。だからクロムにも偉そうなこと言えない。でも、私のほうが経験してきた物事が多い。だから、これは単純に私の経験からくる感想を言ったの。焦らずともクロムは立派な王になれるよ』
「…、」
言おうとして、やめた。丁度よく門が開かれたこともあり、皆も二人のもとへ集まってくる。二人の会話はここで終わった。これからが本番なのだ。今は自国のことを一番に考えなければ。王族としての役割を果たさねば
「クロム王子、自警団の皆さま。どうぞこちらへ」
ライミは門の内側に立って言う。行きましょう。隣にやって来たフレデリクに促され、歩を進める。自警団の皆は物珍しそうに辺りを見渡しながらクロムに続いた。気づけばナマエは後ろへ下がり、スミアとミリエルと何やら話している。知りたい。彼女のもっとも優先しているものを。似ているのは髪色だけだと言い聞かせながら、それでももしも彼女がその人と自分を重ねて見る事があるのなら、僅かでいいから瞳の奥にチラつく熱を分けて欲しい

−−−それでも英雄王にとってアンタは大事な存在だと言うことに変わりなかったんだろう

どうしてだか言葉に出来なかった

























誰か故郷を想わざる



(その剣を誰の為に振るうのかなんて)(わかりきっている)














ーーーーー
ライミの出番がもっと欲しかったなあ

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