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□長い戦いの中から生み出された、この星のささやかな抵抗。
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『…その人物が、マルスと名乗ったの?』
「ああ。仮面をしていたから顔はまったくわからなかったが、本人がそう名乗った」
「もしかしたらと思い、ナマエさんの名を出したのですが知らないようでした」
「階級の高い貴族であれば英雄王マルスの名は知っていておかしくないからな…。あやかって名付けるのはそう珍しくはないが…」
『…そう』
「あの、ナマエさん…。本物の英雄王じゃなくて残念だったよね…?会いたかったでしょ…?」
『リズ、そんな顔しないで。ううん、むしろ別人のほうが良い。マルス様までこちらに来てしまったらあちらが大変なことになるもの。ありがとう』
「…うん」
『でもそんなに腕の立つ人物なら、フレデリクの言うようにまた会いそうだね』
「そうだな。その時は話してみたらいい。得体の知れない奴ではあったが俺たちを助けてくれたからな。何か繋がりがあるかもしれん」










あの夜の会話が現実となる

マルスと名乗りファルシオンを持つ仮面の剣士。クロムと張り合う剣技はなかなかに見事で、ナマエも二人から目を離すことなく見ている
「ナマエさん…。あの人は何者なんだろう…」
リズが訊ねた。ナマエは僅かに間を置いて答える
『わからない。けれどはっきり言えるのは、あの者はマルス様では無いということと、それなりに強いと言うこと』
「やっぱり別人なのね?」
『ええ』
それよりもその剣技自体はクロムに似ていた。まだまだ粗削りな部分までよく似ている。マルスの影はどこにもない。ナマエの知る限りでもファルシオンはこの世で一振だけの存在だったので、なぜそれが二振りあって対峙しているのか。たしかに謎だらけの剣士だが、ナマエにとって重要なことではない
「…どうしてナマエさんは出場しないの?」
闘技場に入る前のやり取りを思い返しながら、リズはおずおずとナマエを見て聞く。ナマエはこの試合に出ないと宣言した。人数は足りているだろうと言って。フラヴィアとしては、ナマエが一番の実力者だと聞き及んでいたので大層不満であったがクロムが制し、ナマエの不参加が決まった
『絶対に参加したくない、というわけではないんだけど…うん…』
「……」
『そうだね…。これくらいクロムが自分の力で踏ん張れなければ王になる資格は無いからかな』
「…!」
目を見張るリズの顔を見るナマエは至って変わらない。それが返ってリズの心を揺さぶる
『クロムは今ここに国の代表として来た。だけど顔も知られていなくて、攻撃までされた。さっきのフラヴィア様の様子を見ても、まだまだクロムは試されてる』
「試されてる…」
反復された言葉にナマエは頷く
『仮面の剣士に、私なら勝てるだろうね。でもそれじゃあダメなの』
「…お兄ちゃんが勝たなきゃダメなの?」
『少しだけ違うかな。正確に言うと、クロムと、クロムのもとに集まったイーリスの兵士が勝たないといけない。クロムだけじゃなく、出場する全員が国の顔だよ』
私は違うと口にせずともリズに伝わる。それがリズを寂しくさせたが黙っていた
「お兄ちゃん達なら勝てるよね?」
『勝てるよ』
「!…うん!お兄ちゃん、頑張って!」





東軍の代表として自警団の数名が出場する事となったこの大会。これは西と東、互いにもっとも強い者同士を闘わせ、勝者側の王が次代の統一国王として主権を握れるのだそう。刃の弾き合う音を聞きながら、ナマエは壁に背を預け試合を見ている。アカネイアの頃、大陸北部であるこの地には歴史と環境が生み出した複雑な背景があった。理性を失った竜族、いくつかの蛮族、そして“草原の民”と呼ばれた誇り高い騎馬民族。ナマエはこの地で竜族と人間の光と闇に触れた。二千年経ったこの地は大きく変わっていた。長い時を経て、この地に生きた者たちは幾度も争い、無数の国家が作られては消えていった。そしてその後雌雄を決する大きな戦争が起こり、結果として建国されたのが“フェリア連合王国”だ。この国の民にはあらゆる民族の血が流れている。目の前の初めて見る人々の気性も誇りも、時を経て受け継がれてきたものなのだと思うと感慨深い

「アンタはどうして参加したくなかったのか聞いてもいいかい?」
『フラヴィア様』
クロム達が西軍を追い詰めつつある中で、フラヴィアがナマエのもとへ近寄った
『リズにも同じことを聞かれました』
「リズ…あぁ、姫さんだね」
『はい。リズにも話しましたが、私が出ずとも勝てねば…失礼ながらフラヴィア様はクロムをお認めにならないのでしょう?』
「!…ハハ、そうだね。その通りだ。厳しいことを言うようだが、武力放棄を掲げるばかりではペレジアに呑まれてしまう。私は今は王では無いが、自国を危険にさらす決断は出来ないよ」
『存じております』
「…ナマエ、と言ったか」
『はい』
「ナマエが一番強いだろうとラミアから聞いている。自警団をしてるだけでは身につかないだろう。傭兵だったのかい?」
『いえ。私は騎士ですが、イーリスの人間ではありません。自警団は人数が少ないですから、友人として手を貸しています』
「ほう。騎士ね」
なるほど確かに騎士と言われてフラヴィアは納得した。実力のほどはまだわからないが、会話の受け答えや所作は騎士の振る舞いだろう
「けれど風の噂にも聞いたことがないな。まさかペレジアだなんて言わないだろうね?」
『いいえ。…私はアリティア王国第一王子マルス様にお仕えしております』
「ええ?」
聞き慣れないと目を瞬かせるフラヴィア。ナマエは少しだけいたずらな笑みになる
『今より遥か昔にあった国ですよ』
「遥か昔って…」
『…!どうやら終わったみたいですね』
「えっ!?」
再度何かを訊ねようとしたフラヴィアだったが、試合の終わりを知らされて意識が逸れる。クロムがこちらに向かって拳を上げたのを見て、フラヴィアは満面の笑みを造って走った





闘技場からいつのまにか消えたふたつの影が出逢う

「貴女は…」
『随分と私と…それにルフレを気にしていたようだったから』
「!」
マルスと名乗る仮面の剣士は、その仮面の奥で目を見開く。試合の最中、仮面越しだったというのに。無意識にファルシオンに手が延びるが、ナマエに変化はみられない
『気になることがあるなら答えるよ?わかる範囲でだけど』
「……」
しばらく思案している様子だった仮面の剣士だが、剣の柄から手を離して口を開いた
「…貴女はいったい」

−−何者ですか

繰り返し聞かれて来て、おそらくこれからも聞かれ続けるであろうその問いに、ナマエはやはり同じ返事をするのだ
『私はアリティア王国第一王子マルス様にお仕えする騎士だ』
「…!?」
仮面の剣士の驚き具合にナマエは引っ掛かりを覚えるも黙っている
「……そんな…じゃあ、貴女は……英雄王の……」
『英雄王と呼ばれる者がマルス様であるならば』
「………まさかそんな………」
震え声はそれだけで仮面の剣士がひどく狼狽しているのがわかる。それでもナマエは詰め寄りはしなかった。静かに目の前の人物を観察する
「…あ……、わ、私は……」
仮面の剣士は手に手を握りしめ、浅く呼吸してナマエを見た。頭の中にたくさんの言葉が浮かんでは消えていく。何か言わなければ。そう思うのに、声にならない
『少しだけ質問する。答えたいものにだけ答えてくれればいい』
「…!…あ、は、は…い…」
『あなたは屍兵と名付けられたあの奇妙な兵士たちを知ってるね』
「…え…」
『答えられなかったかな?』
「…あっ、い、いえ…!…知っています…」
『なぜ突然現れたのかはわかる?』
「…それは……今は答えられません…」
『わかった。じゃあ次。此処にはクロム達が現れると知っていて来たの』
「…!……はい…」
『なぜ』
「……それも…今は答えられません」
『森でもクロム達を助けたと聞いたわ』
「…はい」
『じゃあ次が最後。…あなたはクロムにとって敵か味方か』
「…っ!!」

ナマエは動いていない。剣の柄に触れてもいない。ただじっと仮面の剣士を見詰めるだけだ。それだけなのに、最後の質問と共に浴びせられた鋭く重い威圧感に仮面の剣士は後ろに飛び跳ねた。殺気こそ含まれていないものの、額に浮いた冷や汗がこの場の空気がどれほどか物語る。万が一にでも敵と答えてしまえばその瞬間に首を落とされるのではと、想像してゾッとした。仮面の剣士とて、洗いざらい話してしまえたらどんなに良いか。しかし今はまだその時ではないのだ。もっと先に起こる大きな事象に備えなければ。胸に手を当て呼吸を整える
「……敵ではありません。それだけはハッキリと言えます」
強い意志を宿した眼差しは仮面に隠れていても
『…ありがとう。もう充分』
ナマエは信じて笑った
『足を止めて悪かったね。クロム達が来る前に行きなさい』
「ま、待って!貴女は…貴女はそれで良いのですか!」
『うん?』
「その…、聞きたいことは他にあるでしょう…」
ひとつとして答えていない己が言えたことではないと承知してるが、たったこれだけ、ナマエにとって得られるものの無いこれだけの質問で終わりなのか
『何か…大きな何かを成し遂げようとしているね』
「…!」
『それが全て終わったらで良い』
「……」
『私が此処に存在していることに意味が有っても無くても、私は私が望んだ通りに生きるからあなたが気に病む必要は無い』
「…!!」
心に弓を射たれたようだ。仮面の剣士は、自身が此処に立つまでに掴めなかったもの捨てたものを想って幾度も涙を流した。誰かのせいだと叫べばほんの少し心が軽くなると知っている。英雄王マルスを模したのは、伝承に残るほど大きな戦争を生き抜いた強さが欲しかったからだ。そしていま目の前にいる女性がまさに、その大きな戦争を生き抜いた。これまで出逢った人の中でもいっとう強い人だった

「必ず…!必ず貴女に全てお話します…!」
泣くだけならいつでも出来る。此処まで来て、弱音を吐くのはもうやめよう。失ったものを取り戻す為の旅路ではないけれど。己の存在が無意味になっても生き抜こう。この邂逅から二人が再び出会うまで長い月日が流れるが、マルスと名乗った仮面の剣士はこの日をいつだって鮮明に覚えていることになる
























ひしめく恒星たちに捧ぐ



(取り戻せないと知っていても)(美しいあの風景をもういちど見させて)



























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たくさん失ってやっと此処まで来たのに仲間と散り散りになった女の子が、目的があるからってそう簡単に強いままではいられないよねって話を書きたかった…。

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