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□その者、争いと共にあり、争いを否定する。
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「マリアベル!助けに来たよ!」
「リヒトさんにナマエさん!?どうしてここに…」
「ナマエさんが連れて来てくれたんだ!」
『リヒト、下がって』
「うん!マリアベル!こっちへ!」
「…女ぁ、なにもんだ…?」
『……』
風と共に現れた女をギャンレルはひたと見詰める。月明かりに照らされた夜の空に似た髪色と、ペレジアの痩せた大地を夜に染めたような瞳の色。小生意気なイーリスの王子とは違う青を初めて見た。だがなによりも、この場の誰とも当て嵌らぬ静かな眼差しが印象的だ。一度の会話も無かったことがいっそう記憶に留めたのかもしれない。この瞬間に彼の行く先が定められたと言い切ることは出来ないがしかし、混沌とした群衆の中であっても視線を奪われてしまったのはこの日があったからなのだ
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二騎のペガサスナイトが上空に現れエメリナの奪還を試みたが、どこからともなく湧き出た屍兵の弓に撃ち落とされた。天馬の羽根と血しぶきとエメリナの絶叫が降る。もう戻れない。ずいぶん前からそうであったが、明確に意識することをどこかで避けていた。突きつけられた現実から逃げる術は無い。きれいごと。理想のなれの果て。ギャンレルの言うことはもっともかもしれないが、エメリナにとっては聖王としての自身を造るすべてである。平和な世とはどんなものだろう。王の座について考えない日はなかった。弟が、妹が、臣下が、民が。等しく平和だと、幸せだと感じられる日がみたかった。処刑台の上を歩く。ペレジアの民も、イーリスの民も、流れる血の色は同じだ。自分の名前を呼んでくれる、自分にとっての愛しい人が、誰も彼もに居てくれますように

堕ちてゆく。クロムが手を伸ばしている。リズが泣いている。ごめんなさいと口の中で呟いたと同時に、突風が吹いた















「ナマエさんっ!!エメリナ様!!」
リヒトの叫び声で時が動き出す。ずっと見上げていたはずの上空にはいつの間にか一騎の天馬が王城から距離を取り、屍兵の弓矢から逃れるように羽ばたいている。乗っているのは天馬騎士とリヒトだった。リヒトの視線が追うのは落ちたエメリナと、エメリナを救うべく天馬から飛び降りたナマエだ
「ナマエさん…!!」

ペレジアへ向かう直前、ナマエがリヒトにだけ話した事がある。エメリナを救う為に、他の誰にも出来ないことだと聞かされた。ルフレが立てた策ではペガサスナイトは三騎だった。そのうちの一騎に協力を仰ぎ、機会をうかがっていたのだ。ペガサスナイトで助けられなかった場合の手段。当初はリヒトのエルウインドでエメリナの周囲の敵を薙ぎ払い、ナマエがそこへ降り立ちエメリナを連れ出すというものだった。しかし、屍兵の弓を警戒している間にエメリナが身を投げた。その瞬間、ナマエはリヒトに、自分にエルウインドをぶつけろと告げて天馬から飛び降りたのだ。早くしろと怒鳴りつけられ、唖然とする隙も与えられず反射的に放ったエルウインドは綺麗にナマエへ当たり、勢いをつけた彼女は見事エメリナの手を取った
「助けに行かなきゃ…!」
エメリナを抱え、剣を崖に突き刺しなだれ落ちるナマエをはっきりと見たのはリヒトだけだ。それなのにリヒトは金縛りにあったかのごとく固まっていた。開いたままの魔導書が風にあおられガサガサ音を立てる

「リヒト!!そのまま下がれ!!弓矢に当たるな!!」
「っ!!」
地上からのクロムの声でようやく我に返る。見下ろした地上の様相は一変していた。ペレジア軍が慌ただしく右往左往していて、自警団とフェリア軍は退路を作るべく奮闘している
「あ…」
そうだ、逃げなければ。目的を果たしたいま留まる理由は無くなった。数は圧倒的にペレジア軍が多いのだ、この機を逃せばこちらが不利になる
「だけど…!ナマエさんが…!!」
思いきり撃てと言われていた。考えも無しに放ったエルウインドはナマエの言った通り全力だった。無傷なはずがない。魔導は往々にして剣や弓より強大な力を持つ。だから扱えるものが少ないし、極めたものは限られている。端くれであっても無抵抗の人間に当たれば命を奪えた。自身の行動を振り返り、体が震えた。落ちていくナマエの姿だけが脳内で繰り返される。息が上がる
「リヒト!!ナマエを信じろ!!」
「…!!」
殿を務めるクロムは敵を斬りつけながらまだリヒトを見ていた。その瞳は真っ直ぐで、ナマエがエメリナを連れて戻ると信じて疑わない
「おらぁ!!兵士共!矢を放て!あのクソガキが乗るペガサスを撃ち落とせ!!!」
ギャンレルの怒声で、弓を構えた兵士達が一斉にリヒトの跨るペガサスへ照準を当てる

「これ以上は無理だ!」
天馬騎士が焦れて言う。共に乗る少年の気持ちは痛いほどわかったが、ここまでやってむざむざ死ぬわけにはいかない。目の前で仲間が撃ち落とされるのを、歯を食いしばって見ていたのだ。ナマエの計画を聞かされたのはリヒトと三騎のペガサスナイト達だけだ。当然フィレインが残るものだと思っていたのに、フィレインは彼女を指名した。この中で一番体格の良い天馬を持ち、彼女自身 飛行能力に長けているからだと言われた。家族のため国のため天馬騎士団に入隊した。騎士なのだ、護るものの為に命を散らす覚悟はとうに出来ている。生き残るべきは団長であって、一介の騎士ではない。そんな彼女の考えをフィレインは一蹴した。若い命を優先させる、そう決めただろうと。どう転んでも貴女が選ばれていたのだと。私たちの命に意味があったと、お前も証明してくれ。フィレインの言葉に首肯するほかなかった
「クロム様が信じろと仰ったのだぞ!」
生き残らなければ
「…!!…、…行ってください…!」
いまはまだ涙を流すときではない。さらに上空高く舞い上がった天馬はいななきと共に姿を消した









逃げ延びることに成功したクロム達はエメリナとナマエが戻るのを待っていた。ギャンレルは軍を整え次第進行してくるだろう。戦争は終わらない

「そうか…、ナマエが…」
リヒトの話を聞いたルフレが何か耐えるように目を閉じる
「ぼ、僕…力いっぱい撃ったんだ…!きっとナマエさん大怪我してる!」
涙が流れぬよう、真っ白になるまで拳を握るリヒトが震えた声で言うのを、クロムが制した
「リヒト、もうやめろ」
「だけど…っ!」
「ナマエがお前だけ連れて行ったのは、お前を悲しませる為じゃない」
他の誰にも、ルフレにさえ言わずリヒトだけを連れて出たのは意味がある。マリアベルを助けたときもそうだった。彼女はこの中の誰よりも早くリヒトの実力を見抜いたのだ
「お前ならやり遂げるとわかっていた。…戦争の最中だ、常に不測の事態は起こり得る。だがあのナマエが指示したんだ、無傷とはいかなくても…生きて戻る保証があったに違いない」
「……」
俯いていたリヒトは顔を上げてクロムを見る。ナマエを信じると言った彼の意志は揺らがない

マリアベルを助けに行くクロム達に置き去りにされたあと、諦めきれないリヒトはナマエに願い出た。ひとりでは逆に皆を危ない状況に合わせてしまうかもしれないから。ひとりでは頼りなくても、じっとしていられない。僕だって仲間を守りたいんだ。懇願するリヒトに耳を傾けるナマエは、勇んだ心がたじろいでしまいそうなくらい落ち着いていた。だから、ひとりで戦えぬお前は駄目だと否定されると思った。でもナマエは聞き入れてくれた。代わりに、その言葉をずっと忘れるなと言って。今回だって、リヒトを連れて行くと言うナマエにフィレインはたいそう驚いていた。リヒト自身も驚いたが、ナマエは平然として言った。彼の力が必要なのだと。クロムやルフレ、フラヴィアにバジーリオ。強い人たちはいくらでもいるのに、彼女が選んだのはリヒトだった。認められた気がしてとても嬉しかった。誇らしかった。期待に応えたかった。ナマエはリヒトを信じてくれた。それなのに、どうしてナマエを信じない。憧れの人は作戦を聞かされていなかったのに、戦場の中でもナマエを信じた。目に溜まった涙を乱暴に拭ったリヒトはきりりと表情を変えた
「うん…!そうだよね、僕が一番信じなくちゃ…!大丈夫、ナマエさんは大丈夫!エメリナ様を連れて、戻ってくる!」
「ああそうだ」
責めもせず、笑って強く頷く憧れの人の隣に立ちたい。ナマエのような強さを手に入れたい。くよくよしていては駄目だ







「ナマエが戻ったぞ!!エメリナ様もご無事だ!!」
見張りをしていたヴェイクが声を張り上げた。誰もが彼を見て、その先にいる二人の姿を視界に捉えた
「姉さん!ナマエ!」
真っ先にクロムが駆け出し、それぞれがあとに続く。エメリナに支えられて歩くナマエが笑った
『勝手な真似をして悪かったね』
「まったくだ!どれだけ心配したと思ってる!」
「僕にも言ってくれないなんて!ナマエのばか!」
クロムとルフレが目を吊り上げて怒鳴る
『はは、リヒトにもそうして怒鳴ったの?』
「するわけないだろ!コレはナマエの独断なんだから!リヒトがどれだけ気に病んでいたか!ばかっ!」
『ああそうね、リヒトには悪いことをした。リヒト、嫌な役回りを任せてしまってごめん』
「ううん!僕、エメリナ様が落ちるのを見て頭が真っ白になって…!落ち着いていたらもっと上手に出来たのに!」
『充分上手だったよ、だからほら、エメリナ様を救えた』
自分を支えてくれているエメリナの手をそっと外し、一歩前へ踏み出すよう促す。エメリナは少々の躊躇いののちにひとつ歩を進めた
「皆さん…ありがとう…。こうしてまた皆さんに会えて…なんとお礼を申し上げればいいか…」
「お姉ちゃんっ!よかった!生きててよかった!」
「リズ…」
エメリナの胸に飛び込んでわんわん泣くリズの頭を撫でれば、エメリナの瞳からも涙が落ちた
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