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□善と悪の境界線、生と死の天秤、けたたましき音が始まりを告げる。
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「クソッタレ!!このオレをコケにしやがって!!…許さねぇ…!!ぶっ殺してやる!!!」
充血した瞳がぎらぎらと光る。ギャンレルはエメリナを連れ去った女のことだけを考えていた。貴族の女を捕らえたときもあの女が邪魔をした。忘れるはずもない、インバースに調べさせても素性が割れなかった女だ。しかしあそこまでの事をやってのけるとは思っていなかった
「…あの女だけは必ずオレの手で殺す」
ぴりぴりと身を斬らんばかりの殺気がギャンレルを中心に広がっていく。間もなくイーリスとフェリアの連合軍と衝突する。命令に背き撤退する兵士も出たがそれでもペレジア軍の数が勝っていた。ふうぅ…と長い息を吐き終え、猟奇的な笑みを浮かべマントを翻し歩き出す
「ククク…ここから先、テメェらが見るのは悪夢だけだ」
開戦の狼煙が上がった





過去に縛られている者と未来に進みたい者。戦場に於いてはどちらが正しく優れているかを計るのは難しい。ただ、生死を分かつ刹那に必要なのは己が生きたいと望む意志ひとつである

ペレジア軍の数の利も、光を得たイーリス・フェリア連合軍の前に押されつつあった。クロム自警団が先陣を切って進む姿にフェリアの兵士の指揮が上がる
「若いねぇ!」
「私らも負けてられないよ!」
バジーリオとフラヴィアがクロム達の戦いぶりを見て笑う。若さゆえの勇ましさが過去の自分達と重なり血が滾る
「……みなさん…どうかご無事で…」
自陣の最奥でエメリナが祈っていた。運命は変わった。聖王女は生きていて、戦場に降りてなお祈りを捧げている。地に堕ちて消える運命にあった人間がひとり救われた。この未来を誰が予想しただろう。何かが違うと、幾人が知っているだろう。いま此処に存在するはずのない人間がひとりではないと知っているのは、果たして

「ペ、ペレジア軍が…!!?」
兵士が叫ぶ。砦から次々とペレジアの援軍が現れ、一転して連合軍は混乱に陥った。崩れた陣形を潰さんとペレジア軍が武器を振りかざす
「クソッ!!」
後方で起きた混乱にクロムが二の足を踏む
「このままじゃダメだ!立て直しに行かないと!」
クロムの側に居るルフレが焦りの色を見せ、どうにか指揮をとれないかとすぐさま考えるが最前線に居る彼の声が戦場の中で何処まで正しく伝わるだろうか。単純な指示のみで意思疎通が出来るような信頼も連携も、この連合軍にはまだ無い。綿密な計画と無理矢理 鼓舞した精神の上でようやく全力を出せる、そんな戦い方をしているのだ
「俺様が、っ!?」
「ヴェイク!!」
後方へ引き返そうとしたヴェイクに向かって攻撃が集中する。増援が来たことによりペレジア軍の動きが変わった
「ちくしょ…!後ろには行かせねぇってか…!!」
苦い顔で敵をなぎ倒すヴェイクと、自警団の周辺を見渡すルフレは早まる心臓の鼓動に逆らって冷静に最善を探す
「…また……だけど…これしか…」
手に力がこもり魔導書がぎちりと鳴る
「………」
一呼吸と共に閉じた瞳を開けたルフレは決意を固め叫んだ
「ナマエ!!後方へ支援に行ってくれ!!道は僕が作る!!」
ミリエルと共闘する形で剣を振るうナマエがルフレの声に反応する
『わかった。ヴェイク!!こっちへ来て私の代わりにミリエルの近くに!!』
「!?ナマエさん!?貴女ひとりで行くのですか!?危険過ぎます!」
ミリエルが珍しく表情を変えてナマエに詰め寄る。私も、と続ける気でいたミリエルに首を横に振って応えた
『ルフレを信じて』
「…っ!!」
日常と変わらぬ穏やかな口調がどうしてか怒鳴られるよりもミリエルの思考を止めた
「ミリエル!!ぼさっとしてんじゃねぇ!!」
走り寄ってきたヴェイクが勢いそのままにミリエルに斬りかかろうとしていた兵士を倒す
「行けナマエ!!」
『ありがとう!』
駆け出したナマエはミリエルのこともヴェイクのことも見なかった。ルフレの魔導書から稲妻が生み出されペレジア兵を蹴散らし一筋の道を作った。ナマエはその細い道を迷うことなく駆け抜けて行く。しかし次々と湧き出るペレジア兵があっという間にその道を塞いだ。大きな戦力が欠け、もう誰も引き返せない。ミリエルは炎を飛ばしてなんとか再び道を作ろうとしたが、その隙間を駆け抜けるだけのすばやさを持っていなかった
「ミリエル、ナマエなら平気だ!」
歯噛みするミリエルにヴェイクが声を掛ける
「…!何故分かるのです!いくらナマエさんと言えどあの場まで後退してさらに敵を倒すなんて…、」
「アイツらを信じろ!」
「!!」
「ルフレと、ナマエを信じろ!」
ヴェイクの力強い言葉を受け反射的にルフレを見た。彼はすでに前を向いており、目の前にいる敵と対峙している

信じるとはどういうものなのか。ミリエルとてナマエの強さも、ルフレが軍師として優秀なことも身をもって理解しているつもりだ。けれど、だからと言ってナマエひとりだけに任せてしまうことがヴェイクの言う“ 信じろ”には繋がらない。ミリエルはナマエを信じていないわけではない。どういう理屈でナマエをひとりにしたことを信じていいのかが分からないのだ。一人よりも二人で動いた方が勝率が上がるのではないか。単純にそう計算したのだけど、どこが間違っているのだろう。この戦いが終わったらルフレとナマエに確認しなければ。もう一度だけナマエが駆けて行った方角を見止める
「…ナマエさん、ご武運を」
零れ落ちた声は硬く、あぁ自分は彼女のことをとても心配しているのだと、眼前の敵に魔導書を向けながらぼんやり思った





「見つけたぞ…!!」
ギャンレルの獣のような鋭い眼に映るのはひとりの女。もうエメリナもクロムも何も見えない。彼はナマエだけを追っている。周囲の制止を聞くことなく馬を進めた

ペレジア軍の増援部隊によって体制が崩れた連合軍のもとに辿り着いたナマエは、近くにいる敵を斬り伏せながら砦へ向かう。砦を落とせばペレジアの勢いを止められる。そう考えているのは何もナマエだけではない

美しい金の髪に、彫刻のような白い肌。ソレを纏うに相応しいかんばせを持つ男をナマエはひとりだけ知っている。己の出自と理想に挟まれて悩みながら生きる男だ。意地悪そうに笑うのが癖で、一族を嫌いながらも捨てられない、時折ひどく眩しそうにナマエを見る男。そんなこと、どうして今この場で思い出すのだろう。答えはわかっているくせに自問自答したナマエは、走る足をいっそう速めて今まさにペレジア兵が向けた槍の矛先にいる一人の人物のもとを目指した

「ーーーっ!!!」
リベラは息を呑む。毛穴から汗がドッと吹き出た。簡単に認めたくはないが、死ぬ、とはっきり自覚した。砦を落とせばペレジア軍の体勢を崩せると、溢れ出る敵を倒しながら砦へ進軍していたのだが、数の多さに圧倒されていた。他に気を取られ、ハッと気づいた時にはペレジア兵は目の前だった。しかし自身に迫る槍の穂先が心臓を穿つ寸前、槍の太刀打めがけて諸刃が降ってきた。濁った衝突音が響き、脆い箇所に当たったらしい槍には亀裂が入る。槍を構え直す暇など与えず二撃目が兵士を直撃した。兵士が地に伏せるのを待つことなく剣を振るった誰かが走り去る。リベラには瞬きの暇も無かった。走り去る背が砦へ向かったが、リベラの足はまだ動かない。深いネイビーブルーの髪を靡かせた命の恩人が一瞬こちらを見て微笑んだ気がするが、定かではない
「あの方はいったい…」
続けて何事か思案したかったが戦場でそれが叶うはずもなく、それきり考えることを中断した。美しい金の髪に、彫刻のような白い肌。ソレを纏うに相応しいかんばせを持つ男。リベラはそういう男だった


























きみの心臓よ、どうか砕け散らないで



(誰の命を救いたかったの)




























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あなたと重ねてしまったの

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