ドフラミンゴトリップ番外編
□サー・クロコダイルに想われる
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酔狂な鳥に気に入られた女
たったそれだけだが興味をそそられるには充分過ぎた。面白い。純然なる好奇心が背を押す。声を掛けたのはおれ自身の欲望を満たすため
『あ、おいしい』
「気に入ったか」
『はい、これすごい好きです』
小さく笑みを溢したのは、変哲もないただの女
シンプルだが気品漂い、古びているが伝統感のある佇まい。来店するにはそれ相応の地位とマナーが必要となるレストラン。媚びへつらうビジネス相手から献上されたディナー券を受け取り真っ先に浮かんだのは名前の顔だった。連れ歩く女が不足してるわけではない。だが名前が浮かんだ。誘うのはおれからと決まっている。随分と顔を合わせていなかった
戦う力もない。悪魔の実の能力もない。愚かではないが取り立てて先見を見据える何かを持つわけではない。利用価値の薄い女。分厚い仮面を貼り付けた喰えない男が異常な執着をみせた女は、至極普通の女だった
『クロコダイルさんが連れてきてくれるお店って絶対ハズレないですよね』
「当たり前だ」
『さすがです』
「後は単純にてめェがものを知らなさすぎだ」
『あー…はは、それはまぁ…確かに…』
「……」
視線を泳がせ苦笑する名前を見て己れの眉間に皺が寄るのがわかった。知識も常識も持ち合わせている。食事のマナーも申し分無い。だが名前には決定的に欠けるものがある。会話をしていればすぐに気がつく。名前は世界を知らなさすぎる
奴隷だったとは考えられない。隔離的な島で生きていたようにも見えない。1人で生き抜く生活の知恵はあるのに、世界を1人で生き抜く知恵が無い。指摘するたび声を詰まらせ、そして決まって言うのだ
『……はぁ…、癪だけど今度アイツに教わろう……』
苦虫を噛み潰したような表情で言う。名前が“アイツ”と呼ぶ人間は1人しかいない
「…今度は何を教わる気だ」
『うーん…オシャレで美味しいレストラン…?』
「あの野郎がンな場所知ってんのか」
『………。…や、でもアイツもなんだかんだ遊び歩いてたらしいんで、それなりに詳しいんじゃないかと…』
「おれが気に入るような店にか?」
『うんそうですね、無理ですね』
誰もが一度は耳にしたことのあるであろう人物の名、島の名、食材の名だったり。誰もが一度は目にしたことのあるであろう生き物や道具だったり。それらを知らぬ存ぜぬと訴える目でおれを見る名前は、至極普通でありながら、極端に異質な女だった。そしてそれらの欠けた知識や常識は全て、気色悪い笑みを浮かべるあの野郎に教わると言う
何故あの野郎と行動を共にするのかと問うたのは随分と前のことだ。名前はたった一言『成り行き』と答えた。共に居ることに同意の意を示す回答に少なからず驚いたのは今も記憶にある
他の誰も踏み込めない、二人しか越えられない何か線引きがあるように感じる。そしてそれはあながち間違ってはいないのだろう、嫌々と首を横に振りながら結局は傍を離れない。これを馴れ合いと呼ぶには軽すぎる。もっと重く、ともすれば枷のようなもので繋がっている名前とあの男の関係
何度、無意識の中で葉巻に歯を立てただろうか
『ごちそうさまでした』
「あァ」
『ちょっと食べ過ぎたかな、お腹が苦しい…』
「クハハ、あれだけ夢中になって食ってりゃそうなるだろうな」
『む、夢中って…』
「事実じゃねェか」
『……たしかに…』
「少し歩けば落ち着く」
『それもそうですね』
船へ送り届ける道中は徒歩という習慣がついた。短い会話を数度繰り返し、あとは黙ったまま。その距離感が好ましい。気を惹こうと猫なで声を上げたり擦り寄ってくることもない。食事の先を期待する色目になることもない。見返りを求めない言葉と笑みが好ましい
欲しい。純粋な好奇心が渦巻く欲求に変わった。おれと会話していても物怖じしない女。けして媚びることの無い女。連れ歩いても恥の無い女。傍に置いて疎ましく無い女。ただの女だ。似た女など探せばいくらでもいるのかもしれない。だが今更それでは手遅れだ。似た女、ではとうてい補えないところまで来ていた
ドフラミンゴの船が停泊している入り江まであと僅か。石畳の路地を抜け草土を踏む。足場の悪い道なりに躓かぬよう名前の体をおれへと寄せる。掴んだ腕は抵抗を見せず促されるままで、それがおれの中に優越感と焦燥感の反するふたつを同時に落とす
拒まれぬ優越感。しかし引き留められぬ焦燥感。ふらつきながらもためらい無く歩く足取りは、帰る場所があるからだ。この女が最後の最後に身を委ねるのは結局あの男だと知っている
ただの女だ。だがあの男が手離さない女。あの男が子供じみた独占欲をみせる女。あの男が唯一己れを晒しているであろう女。そして、おれの興味を惹いた女
欲しい
『またしばらく忙しい日が続きますか?』
「そうだな」
『海賊がビジネスライクってイメージ狂いますね』
「お遊びなら充分に経験したからな」
『クロコダイルさんが言うとなんかエロい』
「ンだそりゃ」
他愛ない会話で生まれる弾む声も緩やかな笑みも、蓋をした秘密もなにもかも全て
『風が気持ちいいですね』
「…あァ」
ささやかに支配
(他の男の匂いを纏うこの女が)(欲しい)
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クロコダイルは大人(^O^)/
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