ドフラミンゴトリップ番外編

□ベタにヒロインが危険な目に合う(ドフラミンゴ編)
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キングサイズのベッドの端と端に離れて眠るものだからメインであるはずの真ん中部分はいつでも綺麗で真新しかったがドフラミンゴと名前は気に止めたことがない。起きるのは名前が先で、名前はベッドから出るとソファへと移動し新聞を読みふける

後から目覚めたドフラミンゴは名前がとうに起きているのを習慣から覚えているため、迷わずソファへ向かい朝の挨拶と共に名前を自身の膝の上へ乗せる。今となっては抗議の声はおはようの言葉と等しくて、ドフラミンゴは笑うばかりだ

なんら変わりない、二人にとってはいつもと同じ朝だった










胸に広がる感情は焦り。いつでも抱きかかえ文字通り手の届く位置に置いているのだ、名前の姿が無いと気づくのは早かったがしかしそれでは遅かった

名前が船を降りている。眉間に刻まれる皺が濃くなったのを見て部下が宥めるのは島に着けばわりと恒例になっていて、その声に諭されて、と言うわけではないが濃い皺をそのままになんだかんだドフラミンゴは名前を追うことはない。それが常であったけれどこの日は違った。甲板から町並みを一瞥したドフラミンゴは部下の制止など耳に入れることなく船を降りていった

上陸した島の港町はたいそう賑やかで、相手が無法者であっても金を落とせば受け入れた。過ごしやすそうだ。以前のドフラミンゴであればそう思い、気紛れに金をバラ撒き大衆を煽りヒマを潰したろう。しかしそれはあくまで“以前”のドフラミンゴ。今の彼ではない。ログは数時間で溜まるが買い出しは必至の自船の状況に、今の彼が小さく舌打ちをしたのは確認のため一足先に上陸した部下から島についての報告を受けているときだった。傍に名前は居なかった

ドフラミンゴが船を降りるなと言えば名前は従っただろう。そういう時、名前はとりわけ素直にドフラミンゴの言葉を聞き入れる。それは彼女が己れのこの世界に対する知識の薄さを理解しているからでもあるし、ドフラミンゴが何か物事から名前を突っぱねるような言い方をする場合にはその物事は大なり小なり名前自身に不利益を与えると覚えたためでもある。だが、賑やかで愉しげな町だと笑いながら話すクルー達を見た名前はドフラミンゴと言葉を交える前に船を降りていた

活気溢れるメインストリートを一歩横に逸れればそこは悪臭漂うスラム地帯。メインストリートで陽気に生きる島の住人達は、キラキラしたものしか目に映さない。自分達にとって都合の良い部分だけを選び取る。いま笑って会話した相手が次に誰かを殺そうと関係無い、背後で悲鳴が上がっても振り向くことはないのだ

腹の底が凍てつく感覚に、背筋に悪寒が走る。怒りが極限に達すると人は回り廻って冷静になるのかと彼は知る。薄汚れた路地に倒れる名前は綺麗で、なんて似合わない場所にいるのかとミスマッチさに笑えた。自分の目の前で震えている薄汚い男共が海賊なのかこのスラムに住む者なのかはどうでもよかった。どうでもよかったが、固まったままの男共が未だに名前に触れていること、仰向けに倒れている名前の左頬が赤黒く腫れていること、口端から赤が流れていること、たくしあげられた服、汚れたこの場所、視界に映るなにもかもが赦せなかった

彼の特徴でもある笑い声が路地裏の一角に響いたがメインストリートはやはり陽気に賑わうばかりで、誰の耳にも届きはしない










痛みに起こされた名前は、目覚めてさらに増した痛みに思わず顔を歪めたがそうすると一層痛みが酷くなったので訳がわからないながらもとっさに無表情を作る。それでも引かない痛みの大部分は自分の左頬からきており、なんなんだと頭の中をフル回転させれば直ぐに思い出せた。賑わう町の中を歩いていたら突然どこからか伸びてきた腕に身体を引き寄せられたこと、そこが汚ない路地裏だったこと、下卑た笑みを浮かべる男達がいたこと。そういう町なのかと、直前まで見ていた煌めいた町並みを脳裏に浮かばせながら目の前の男達から逃れようと必死に抵抗した。やがて痺れを切らした男のひとりが腕を振り上げる。そこからの記憶は無い

「ヤラれる前だった」

これから考えようと思っていた事柄の答えが降ってくる。聞き慣れた声、そこではじめて名前は自分が横たわる場所が船の中、いつも二人が眠るベッドの上だと気づく

「一日眠ってた。いまは朝だ」

続く言葉もしっかりと聞いてはいたが返事をするのはもちろん、首を左右に動かすのも瞬きすらも痛みに直結するので名前は黙って天井を見つめるだけだった

ドフラミンゴが船に戻れば、彼に抱えられた名前を見てクルー達は騒然とする。そんな部下達にドフラミンゴは出航を促し唯一、船医だけを部屋に呼んで手当てさせた。ベッドの真ん中に名前を横たえ、自分はソファに座る。全身が冷えきっているのは腹の底が凍てついたせいということにした。心配しなくても大丈夫です。船医は言おうとしてやめた。浅黒い彼の肌は蒼く、三日月を描く口元が真一文字に結ばれているのを船医だけが見ていた

名前はゆっくりと目を閉じる。浅い呼吸を繰り返し、よくよく感じれば頬だけではなく身体のあちこちが痛い。もしかしたら地面に叩きつけられでもしたのかもしれない。痛む身体は確かに自分のものなのに、すごい経験をしてしまったな等とどこか他人事に考えてしまう

「いてェか」

再び降り注いだ声に反応してまたゆっくりと目を開ける。どこか遠くから響く声に、声の主がソファに居るだろう予想がつく。目は開けたけれどやはり名前は返事をしなかった

ドフラミンゴもそれ以降は無言で、沈黙の中かすかに聴こえるのは波の音。この部屋に居てこんなに穏やかな波音を聴くのは初めてで、ソファに居るはずの男の気配が薄らいでいく錯覚を覚える名前はそれが何故だかとてつもなくこわかった


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