ドフラミンゴトリップ番外編

□情緒不安定で面倒くさいドフラミンゴ
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名前から言わせると『摩訶不思議』なこの世界の海のように、ドフラミンゴは前触れ無く唐突に名前という存在があることに心がぐちゃぐちゃに掻き乱されることがある

今回の七武海の招集には一人で向かった。けれど一人で向かうと決めたときはまだ何でもなかった。招集がかかった際にたまたま島に上陸していて、たまたまその島のログが溜まるまでの日数が島から招集に行って戻る日数と一致した。それなら今回は島で過ごしていたいと、島の風土を気に入った名前が言ったのだ。ドフラミンゴはいつものようにごねたが、最終的に名前の意志を優先させたのもまたドフラミンゴだった。いつも通り、何もおかしな部分など無いのに、マリージョアへ向かう船の中でやはり唐突にドフラミンゴの胸中は荒れたのだ

「…チッ」
酒の空瓶が増えても一向に酔える気がしない。一人きりの船室で苛立ちを隠さないドフラミンゴの舌打ちが響く。こんな時、名前が傍に居ても居なくても、どちらだとしても正解がわからない。ただ、ひどく残酷なことをしたい気分になるから名前には何も告げずに一人で海を徘徊しては何処ぞの海賊団を見つけ手酷く暴れてみたりする。実際今日はたまたま航路の途中で出くわした海賊船をめちゃくちゃにした。名前の存在を気にする必要が無いのは楽だ。だったらこんな気分の時は傍に置かないほうがいいのだろう。だが戻った部屋の中ががらんどうなのもまた、苛立ちが増す要因のひとつにもなった

「おや、今回はひとりなんだね」
おつるの言葉に顔が歪むのがわかる。しかしそれはほんの一瞬で、ドフラミンゴはいつもの調子で返した
「フッフッフッ、フラれちまった」
「一緒にお茶をしようと思って新しい茶葉と菓子を用意していたのにねェ」
「そりゃあ残念だったな」
「次は連れてきておくれ」
今すぐ何かを破壊したい。そんなことおくびにも出さず座り心地の悪い椅子に乱暴に腰掛け、テーブルに足を乗せてわらった。ドフラミンゴの隣には名前が居るのだと、彼を知る人物はそう認識している。ドフラミンゴが出会ったことのない人間の中にだってそれを知る者が居るほどに。名前がドフラミンゴの前に現れてからそれほどの月日が流れていて、それほどの月日があったのにドフラミンゴは名前を手放さなかった

狂気と破壊衝動はドフラミンゴと言う人間を構築するのに大きな割合を占めている。彼を称するいくつかの呼び名の中のそのどれもが正しく彼に当て嵌り、彼が頂点に立つ存在であることを示していた。ファミリーさえも対等ではない。彼らの意思はドフラミンゴの意思で、彼らはドフラミンゴの為だけに行動する。軽口を叩けどもそれは不偏のものである。何もおかしいことではない。母の腹に宿った瞬間から、ドフラミンゴはそう生きるべき人間だと決められていた。世界を見下ろして、壊し尽くし弄び嘲笑う生き方が出来る人間だ。では名前はどうだろう。どう転んでもドフラミンゴと同じ生き方は出来ない。もしも彼女が生まれもこの世界であったなら、そもそもドフラミンゴと顔を合わせる人生にはならなかったろう。ひとつの島の中で生きて死ぬ人生だ。いやもしかしたら就いた職業によっては海に出ることも有り得るが、海賊になど絶対にならない。今の、すでに構築された名前しか知らないが、この世界でゼロから始めても名前はそうであるとドフラミンゴは思っている。交わらないのだ。目の前で殺し合いが起きても動じなくなった。自分を取り巻く世界はそういう場所であると理解したからだ。でも受け容れたわけではない。ドフラミンゴと言う人間を認めたわけではないのだ

「近いうちに会いに行くと名前に伝えてくれ」
「冗談じゃねェ」
船に乗り込もうとしていたドフラミンゴを捕まえたのはミホークだった。被せるように拒絶して止めていた足を動かす。ミホークはじっとドフラミンゴを見たが特に何も言わなかった。ミホークの、温度の無い表情と声が大嫌いだ。温度が無いくせに真っ直ぐで偽りが無い。理由や感情はどうであれ、ミホークは真っ直ぐに偽り無く名前に会いたがっていた。ドフラミンゴはその愚直さを持っていない。それは今の乱れた心のせいではなく、彼の資質に備わっていないからだ。例えば機嫌良く名前のもとへ帰ったとして、会いたかったと笑って口にすることが出来る。出来るが、違うのだ。ドフラミンゴの“ 会いたかった”の言葉にはたくさんの色や装飾が付いているが、ミホークの“ 会いたかった”は何も纏わず透き通っている。それくらい、違うのだ。それくらい違うのに気づきもしない名前が嫌いだ。“ 名前”という単語すら聞きたくないというのに、ドフラミンゴの周囲はソレを口にする者ばかりだ。誰も近付けるなと言い付けて船室に籠る。誰とも関わりたくない。名前を知る者は殊更に。それでも船は彼女のもとへ帆を進める

ドフラミンゴが名前を抱くようになったのは、出会った月日から数えるとまだ浅い。とは言え短いわけではなく、ドフラミンゴはとっくに名前の身体の隅々まで知り尽くしている。初めて抱いた夜のことはもうあまり覚えていない。冬島の冬の海を進んでいてとても寒く、名前の身体はいつも以上に冷えていたからどれだけ密着しても文句を言われなかったことは記憶にあるが。彼女特有の呼び方でドフラミンゴの名を呼ぶ張り詰めた声やそのときの表情なんかは、抱くたび更新されていくから思い出しようもない。だけど本当はまだ記憶に残っているものがある。忘れられたらいいと、記憶の隅へ追いやるがそう考えてる以上、忘れることなど出来やしない。それでも見て見ぬ振りを続ける。その記憶が、こうして時々ぐちゃぐちゃになる心の引鉄だとしても、見て見ぬ振り。とうとうここまできちゃったね。声と表情の温度は覚えていない。だけど間違いなく名前から出た言葉だ

名前は、夜の帳が下りると共に戻ってきたドフラミンゴがソファに座り一言も喋らず酒を呑み続けるのを正面から観察した。名前は自分自身が、的確に人の心の機微を汲み取れる人間ではないと分かっている。分かっているので他者と接する時はなるべく丁寧に、気遣いを忘れぬよう務めるし言葉も選ぶ。この世界に落とされてからは無知ゆえに聞き役にまわるばかりだったせいもあり、それがより顕著になった。しかも四六時中 共に過ごす人物が異様なまでに鋭い観察眼を持っていて、言葉にする前に伝わることもままあった。そうなると人と話すのは好きだが求められなければ必要以上に胸のうちを明かさない、それが普通になっていた。なので今目の前で酒を呑む男がなぜ黙りこくっているのか、怒ってるからか悲しんでるからか悩んでいるからか、はたまた別の理由からか。よくよく観察しないと分からないし、分かったとしても望まれないのなら声をかけたりもしない。だって名前にとってドフラミンゴは、名前がなにを言わなくともその胸の内を把握していて当たり前だからだ

先に動いたのはドフラミンゴだった。正面のソファに座っていた名前を抱き上げてベッドに押し倒した。閉じ込めるように名前の顔の両サイドに手を置いて見下ろしても黙ったままなので、そこで名前はようやくドフラミンゴが何を考えているのかを知った。ああ、そういう日か。特に表情を変えることなく現状を把握する
『どうしたの』
ドフラミンゴの腕を撫でながら、なるべく丁寧に声を出す。問い掛けか、触れた肌か、どちらに反応したのかは分からないがドフラミンゴの真一文字だった唇がへの字に変化した。結局こうなる。もう何度も繰り返している。そのたびに名前は第一声にコレを言う。初めて聞いたときからずっと狡い言葉だと思っている。どうしたのかなど分からない。こちらが教えて欲しいくらいだ。それなのに、そう訊ねられてしまったら何かを告げなければならなくなってしまう。だったら、何か違う言葉を言えと ひと言告げればいいだけなのだがそれが告げられないのがドフラミンゴという男だ。黙って堪え忍ぶのは不得手で、この行動を起こすまでが限界だった。早く欲しい。本当はもう名前から貰える言葉がどんな類のものか知っている。だってもう何度目かも数えられないくらい同じことを繰り返しているし、普段の、ドフラミンゴに接する名前の様子を見ていればそれがもうこたえも同然だった。だけど、欲しい。だから、早く欲しい

「お前は、ただおれの傍に居られりゃそれでいいのか」
ドフラミンゴが名前を“ お前”と呼ぶときは、逃げ道を作っているときだ。“ 名前”という個の輪郭をぼかして、別のナニカに当て嵌めてしまえるように。そういう時は決まって名前の目を見ないで言葉を紡ぐ。だからこそ、ほかのどんな時より名前のこたえに過敏になる。細胞全てでこたえを探しているみたいだった。ドフラミンゴの問い掛けはいつも似たようなものだ。愛しているかと直接的な言葉を使ったこともあるし、なぜおれなんだと、今回同様に遠回りに問うこともある。どんな角度から訊ねられても名前の返答だっていつも似たものだ。正直に言ってしまえば面倒くさいなという感想を名前は三度目のときに抱いた。絶対に言えないし悟られてはいけないが、どうしてもそう思ってしまった。だってこの男は手に入るこたえがどんなものか知っている。初めて抱かれた夜から名前の心は変わっていないと知っているくせに、絶望の淵に立たされているみたいな空気を醸し出して名前を見下ろしてくる。面倒くさい。でもそれを上回って余りある想いが名前を突き動かす。そうっとサングラスを外して、露わになった瞳と視線を重ねる。ドフラミンゴの瞳が眩しそうに細められた

ありふれた幸せであってはいけない。選ばれたものだけが手に出来る幸せでなければ。天竜人であった幼い頃の自分を思い返してみてもそれを幸せと認識したことは無い。当然だった。だからただの人に成り下がったときに、あの幸せだった日々を返せとは思わなかった。当然であったものを奪われた怒りばかりで埋め尽くされた。幸せだと自分自身で実感したことはあまりない。ただの人になって、町で生きる人々を眺めているうちに一般的に“ 幸せ”と呼ぶものがどんなものかに気づいた。とてもつまらないと思った。そんな、貧民街で生きる人間だって手に出来るような幸せなど必要ない。そうやって生きてきたのに

『愛して欲しいよ、同じくらい』
外したサングラスを、こんな雰囲気の中でもわざわざサイドテーブルに置いた名前。ぼんやりと目で追って、そうだった彼女はそういう性格だったと思いかえす。ドフラミンゴがどれだけだらしなく放り投げても必ずサイドテーブルに置き直すのだ。そんな些細な、あっと言う間に気にとめなくなる日常のひとつが、ドフラミンゴをありふれた幸せの水底へ沈める。恐ろしかった。名前は確かに世界の垣根を越えてやって来た唯一無二の珍しい存在であるが、彼女自身が特別な何かを手にしているわけではない。町に住み生活圏内に居る誰かと恋をして結婚して、苦労もあるが慎ましく笑顔の絶えない家庭を築く。まさしくありふれた幸せの中で生きるのが似合う人間で、それは己には不必要、不相応なものだ。そうでなければならないのだ。それなのにどうして、ドフラミンゴはたぶんもう、名前のいない場所には帰れない。泣いて暴れて全部壊してしまえと激情が胸を焦がすのに、名前のいないあしたを生きる自分は想像つかなかった
『あたしが、なんでこんな、ちっとも似合わない場所で生きてるとおもう』

とうとうここ迄来てしまった。あの夜の名前は、ドフラミンゴの心の声を代弁していた。名前が捨てたありふれた幸せはドフラミンゴが拾った。執着はいつしか愛に変わっていたから。名前に与えられる言葉のひとつひとつでぐちゃぐちゃだった心が整っていく。“ ただの人”に成り下がるとこわがっては結局辿り着くのはここで、他は考えられない。この先また何度となく繰り返すのだろう
「…愛せよ。おれ以上に」
限りなく透明に近づいた言葉が自分の口から滑り落ちていくのはやはり恐ろしいけれど、その事実に気づいてくれと願う

『いいよ。どうせあんた以外のものにはならないんだから』
夜の静けさの中で、千の人々の喝采よりもただひとり、愛する人からの一言が欲しかった

























倖せにおなりよ



(あなただけ)(なんて思ってないしそれじゃあ生きていけないのもわかっているけれど)(それだけで廻る世界ならどんなに良いだろうと時々夢にみる)







































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ほっこりした幸せを感じると動揺しがちなミンゴ。めちゃくちゃ面倒くさい男。

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