氷帝学園で過ごす

□7月、昼休みにて
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「夏休みに入ってすぐテニス部の合同合宿があるんだが、その合宿に着いてきてマネージャー業務を頼みたい」
『…えぇぇ?』
万年帰宅部で最近やっとテニス観戦したばかりの人間に跡部は何を言い出すの

選択授業が終わって自分の教室に戻ろうと立ち上がるより早く跡部にちょっといいかと声を掛けられた。昼休みに入るのでみんなさっさと選択教室を出て行って、残ったのはあたしと跡部。それを確認してから冒頭のセリフを吐いたのだ。びっくりし過ぎて声が裏返ったよ。いきなりで悪いな と言う跡部から、ひと通り話を聞いた。あたしへの評価が高くてこれにもびっくりだ
『ううん…。ソレあたしのこと持ち上げ過ぎだよ跡部。いや跡部に褒められるのは素直に嬉しいんだけどさぁ』
「苗字は自分に厳しい人間だからな。自ずと自己評価が低めに設定されるだろうが、俺から見ると充分 能力は高いぜ」
『そうかな…?』
「そうだ」
そうか、そうなのか〜。これまで自分に厳しくしてるつもりは無かったけど跡部が言うからにはそうなのかもと思えてくる。跡部が言うと説得力がすごい。向日に同じこと言われても さてはお前あたしを舐めてるな?ってなるけど、跡部だと絶対そうはならない。すごい。これぞ跡部マジック。と言うか人徳の差だ
『でもさ、あたしが仮に跡部の言ってくれるような人間だったとして』
「仮にじゃ無え、そうなんだ」
『…うん。まあそれで、そうだとしても運動部の、しかもテニス部の、全国大会直前の大事な合同合宿を、滝のサポートとは言え支えられるって本気で思ってるの?』
「ああ。本気で思ってる」
『……』

で、ですよね。そうでした、目の前に在らせられるは跡部様でござった。多分とかおそらくとか、そう言うの無いよね。褒めちぎりが凄まじい。しかもコレ、本気なんだぜ。まあ確かに、三年になってから行事関係で跡部とちょこちょこ一緒に仕事してたからね。跡部のスマートなフォローあってこそ、みたいな場面も多かったけど与えられた仕事は丁寧にやってるほうだったと思う。と言うか、それくらいきちんとやらないと帰宅部の人間じゃ内申点が上げられないのだ。勉強する時間を多く取りたいし中学の時も運動部に縁がなかった。文化部も氷帝じゃ活動が盛んな部活しか無くて結局帰宅部を選んだ。テストの点は当然大事だけど、氷帝は内申点もかなり重要視する学校だ。一年の時は留学に向けての取り組み、二年は実際に短期留学を達成、これで内申点を付けていたはずだけどよりによって最終学年の今、これといった大きな動きが無くて困ってた。テニス部のマネージャーともなれば、合宿期間のサポートだけでもなかなかだ。いや待て待て、こんな下心全開はさすがにダメだろ。自分の内申点の為に利用するのは失礼にもほどがある
『…跡部。あたしの思ったこと言っていい?めっちゃ引くよ』
「…?言ってみろ」
『跡部がそこまで言ってくれて最終的に思ったのは、内申点上がるなぁってこと。あたし帰宅部だから、委員会くらいでしか内申取れないんだ。去年までは留学関係があったから良かったけど、今年は何も無くってさ。だから今真っ先に、合宿についていったら内申取れるって思った。まじごめん』
跡部はすべてを見透かすんだぜ!と向日がいつだったか言っていた。そりゃ向日くらいならあたしだって見透かせるぜ?ってなったんだけどそれはどうでもいい。とにかく、向日の言葉をふと思い出したので包み隠さず話すことにした。純粋にテニスをしてる俺達はに対してなんて失礼な!って怒ったかな。美形の怒り顔ってすごくこわそう

「それがなんだ?」
『えっ』
すごくこわそう、とかって身構えたのに跡部はきょとんとした顔で、なんなら首を傾げて不思議がる
『え、だって失礼じゃん。跡部たちは真面目にテニスやってるのに、あたしは内申点取れるぜげへへ〜みたいな気持ちでいるんだよ?やばくない?』
「やばくねぇよ。むしろそれくらいの旨味がなきゃやってられねえだろ」
『え、そ、そう?』
「ああ。合宿の間だけっつっても…いやむしろ合宿だからこそハードになる。経験の無い苗字には体力的にも精神的にも負担がかかるだろう」
『うわ、そうなの?』
「そうだ」
そうか、そうなんだ…。え、じゃあコレ普通に無理なやつじゃない?体育で疲れた〜とか言ってる人間はお呼びじゃないでしょ
「けどな、それでも苗字なら出来るから頼んでるんだ」
『…、……』
お断りの言葉を言おうと口を開いたのに、跡部の言葉に押されて声が出なかった
「…そうだな、苗字がハッキリ言ってくれたからな、俺も言おう。今回の合宿に苗字が適任だと考えて、誘いを受けてくれるにはなんと言えばいいのか悩んだ。特に、断られたらどうするかってな。そこで俺が思い至ったのは、苗字はどの部活にも所属していないから、今回のコレは内申点に大きく影響するだろうってことだ」
『えぇー』
「断られても、内申点に影響すると言えば考え直すんじゃねえかってな。……そっちこそ引いただろ?苗字より俺のほうがよっぽど卑しい人間だ」
『ちょ、卑しい人間って』
跡部で卑しかったら人類の大半は下劣な下等生物に分類されるだろ。それより、いっつも思うけど跡部って本当に人の事よく考えてくれる
『跡部ってさ、本当に思い遣りある人だよね』
「…ハ?」
跡部が眉間にシワを寄せ、怪訝な顔する。怒り顔じゃないけど、やっぱり迫力があった

『あたしもし自分で内申点がどうとかって気づかないで断って、跡部に内申点取れるぞって言われてたら飛びつく勢いで喜んでたよ。チャンスをありがとう!ってかんじ。そっか、そうだよね、テニス部は問題解決して合宿に全力で取り組めるし、あたしは内申点の為に全力でマネージャー業務をする。え、これすごくwin-winな関係じゃない?良いこと尽くめだわ』
「……」
手のひらくるっくるで、いいじゃんいいじゃんと乗り気なあたしに跡部は言葉を失ってるっぽい。引いたか?だけど今言ったことがすべてである。滝のサポートと言われても、マネージャーとか未知の世界過ぎて不安はあるけど跡部が出来るってんなら出来るだろう。そこまで言ってくれる跡部に恥じかかすマネはしたくないから本当に頑張るし
『声掛けてくれてありがとう跡部、あたし頑張るよ。よろしくお願いします』
「あ、あぁ…」
鼻息荒く意気込むあたしに跡部はクールだった。だけど受け入れてくれたので問題ない。そして、いい加減お昼ご飯も食べなきゃならないので二人で廊下を歩く。廊下を歩く生徒のほとんどが一度は跡部を見る。まあいつものことだ。一年生の中にはたまに、跡部を見て拝む子までいる。わかる。たしかに御利益ありそう。そんな生徒にも気にする素振り無く振る舞うんだから本当に懐深すぎィ!隣にバカが居ても跡部の高貴さは変わらないようだ

教室の側まで来たので話は切り上げ、合宿の詳しい内容はまた後日聞くことになった。そこでアレ?と気づいたことがある
『あれ?全国大会行きってもう決定してるの?』
「いや、再来週の関東大会で決める」
『…?』
それなのに全国大会へ向けての合同合宿って、いいのそれ?合宿成立するの?
「関東の出場枠は3校だ。合宿に参加する学校は必ず全国出場を果たす。…まあ優勝は当然俺達で、全国行きに花を添えるがな」
あたしの表情で察したらしい跡部が、集会の時とかによく見る不敵な笑みで言った。一年の時から何度も見た事のある顔だ。おそらく全校生徒誰しもそうだろう。跡部景吾と聞いて浮かべる彼の顔は、こんなふうに笑んでいる。全国大会を終えても跡部がこの表情を崩さずにいられる為の手伝いをすると思うとさらにヤル気が出るってものだ

「苗字は弁当か?」
『そっ。跡部はカフェテリア?』
「いや、生徒会室に行く。やる事があるからな」
『うわっ頑張るね〜。無理し過ぎないように気を付けなよ?』
「ああ。体調管理は万全だ」
『さすがだなぁ』
教室の前まで来て、跡部は真っ直ぐ生徒会室へ行くとのことなので じゃあねと告げる。すると跡部は立ち止まり、目を合わせて言った
「苗字…。先に言われちまったが今回の話、感謝するのは俺のほうだ。…本当に、ありがとうな。よろしく頼む」
そうして、タオルをあげた日に見た笑みを浮かべた。そうだった、跡部はこういう笑い方もするんだった
『どういたしまして。うん、みんなで頑張ろうね』
7月に入ったばかり。合宿までまだ少し日にちがあるけど、今から楽しみになってきた





















ほほえみがぼくをさらうよ



(おっ、その顔は受けて貰えたんだ)(萩之介…なんでここにいる)(だって気になるし)(チッ)(照れない照れない)
























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生徒会室で待ち伏せるタッキー

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