薄桜鬼

□変わらぬもの
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『予兆』





−・・・たとえ、生まれ変わっても−



−私は・・・もう一度、貴方と出会い

また、恋に落ちます−



−たとえ、記憶がなくても

魂が覚えているから・・・だから−



−貴方を見つけ、愛します−







「っ・・・はぁ・・・夢、か」







いつの間にかうたた寝していたらしく

原稿の散らばるデスクには

突っ伏していたせいで

皺のついてしまった原稿があった。

鈍く痛む首を左右に曲げて

固くなった肩の緊張を解くように

何度か回した。

デスク上のデジタル時計が

深夜の2時を示していた。







「ちっ・・・はぁ・・・

ったく、次から次へと

仕事増やしやがって」







誰ともなしに苦言を呟き

再度右手にペンを持ち直し

目の前の用紙に文字の羅列を書きなぐる。



小説家・・・

何故、この仕事を始めたのか。

今となっては思い出せない程昔

まだまだ青かった俺は

夢や理想ってもんを抱いて

出版社に作品を持ちこんだり

無作為に作品を投稿したりと

必死だったことだけは覚えている。

只、書きたいことがあった。

自分以外の誰かに

伝えたいことがあった。



必死になったかいあって

今ではいろんな雑誌から

連載を依頼され

出版社からは本を出してもらい

現在連載を何本も抱えている。

今まで出した本もベストセラーとなったが

自分のことなのに現実味がない

というのが本音だ。



原稿を書き上げたのは

外がぼんやりと明るくなり始めた頃。

時計は5時前だ。

今回は割と早く仕上げることができた。



午前中に原稿を取りに来ると言っていた

担当に渡す為封筒に入れて

リビングのテーブルに置いた。

眠気覚ましに濃い目のコーヒーを淹れ

テレビをつけて

皮張りのソファーへ身を沈めた。

特に見たい番組があるわけじゃないが

何となく「音」が欲しかった。

口にした温かい液体は口内に

きつく苦みを残して飲み下された。







「・・・生まれ、変わっても・・・か」







ふと思い出したのは

ずっと、見ている夢。

それは俺が物心ついた頃から

ずっと見続けている夢だ。

顔も姿もぼんやりとしか分からない。

だが・・・俺は

夢の中の「俺」は

確かにそいつのことを愛していた。

それこそ、命をかける程に。

そして、そいつも「俺」を

心から愛してくれていた。

いつも約束で目が覚める。

生まれ変わっても愛する、と。



たかが夢。

そう、思っている。

それなのに・・・

心のどこかでは

それが本当なら、と。

その約束が事実で

俺にはあんなにも愛してくれている

あんなにも愛している誰かがいる。

どこか確信にも近い想い。

これが何なのか分からない。







「・・・く・・・ふ、ぁ・・・」







体は疲れているようで

休息を求めていた。



−昔は寝る暇さえ惜しかったけどな−



・・・昔?

また、わけの分からないことを

考えている自分に

疲れがたまり過ぎたのだと

そう言い聞かせて。

閉じていく瞼に抗うことなく

そのまま、また夢の中へと入っていった。





眠りについた俺の傍では

つけっぱなしのテレビに

最近デビューしたばかりだという

少し大人びた少女が映し出されていた。

歌手であるその少女の

凛として、どこか切なげな歌声が

静かに流れていたことに

俺は気づかなかった。










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