薄桜鬼

□甘えるのはその場所で
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とある昼下がりのこと。

屯所内に軽やかな足音が響いていた。







沖「千鶴ちゃん」



「はい!あっ・・・

沖田さんと原田さん」



原「忙しそうだな」







お盆を持つ千鶴の前に

沖田と左之助が現れ声をかけてきた。

千鶴は屯所内では一応土方の小姓

ということになっている。

それだけが理由ではないが

毎日のように土方から

雑用を請け負っていた。

それは土方の

役に立ちたいからという

想いの方が際だって

強いからだろう。







「いえ・・・土方さんの方が

ずっと忙しいです」



原「そりゃまあ

そうだけどよ・・・」



沖「でも、土方さんの仕事に

千鶴ちゃんは関係ないでしょ?

だいたい土方さんに合わせてたら

千鶴ちゃんが倒れちゃうよ」







沖田がからかうように千鶴に言った。

口もとには笑みを浮かべているが

その目は真剣で少なからず

心配してくれていることが伺えた。

左之助も心配して千鶴に声をかけた。







原「少し休んでったらどうだ?

少しぐらいなら

土方さんも許してくれるだろ」



「あ・・・大丈夫です。

土方さん、待ってらっしゃると

思いますし

お茶も冷めちゃいますから」







千鶴が持っている

お盆に視線を向けた。

沖田と左之助もつられるようにして

彼女の手元を見つめた。

千鶴が持っているお盆には

茶の入った湯呑みが二つ。







沖「あれ?」



「えっ?」



沖「・・・何でお茶が二つあるの?」



原「土方さん以外に誰かいるのか?」



「えっ!?・・・ぁ・・・

えっ、と・・・」







あきらかに慌てはじめる千鶴。

そんな彼女を不思議に思い

訝しげに見下ろす二人。

変な沈黙が続き微妙な空気になり

千鶴が振り払うかのように

口を開いた。







「・・・ぁの・・・えと・・・

わ、私分からないので・・・

失礼しますっ!」







そう叫ぶように言うと千鶴は

お盆のお茶に

気をつけながらも駆けて行った。

残された沖田と左之助は

千鶴の背を見送ると

互いに視線を交え

口もとを歪めるのだった。










〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





「土方さん、雪村です」



「おう、入れ」







千鶴は土方からの短い返事を聞き

嬉しそうに室内に入る。

室内では机に向かう

土方一人しかいない。

だが、千鶴が持ってきた

湯呑みは二つ。

では、誰が飲むのか?

それは…。







「土方さん、お茶が入りました」



「ああ、悪ぃな」







そう言いながら

土方に湯呑みを渡す。

千鶴は土方がお茶を飲む姿を

頬を紅に染め

嬉しそうに見つめている。

そんな千鶴に気付いたのか

土方は満面の笑みを浮かべる

千鶴を見やった。







「なんだ?」



「・・・え・・・?」



「・・・お前、ソレ何の為に

入れてきたんだ?」



「えっ・・・」







土方に言われ千鶴は

お盆の上に残っている

湯呑みを思い出した。

湯呑みを暫く凝視し

土方を見つめた。

土方は呆れたように

溜め息を一つ吐くと

千鶴を見つめ手招きした。







「・・・ぁ・・・の・・・」



「いいからここに座れ」







千鶴は促されるように

土方の隣りに座った。







「一人で飲むより

お前と飲む方が旨いからな」



「!・・・はい」







土方の呟きに顔を紅くしながらも

嬉しそうに返事をした。

千鶴は残っていた

湯呑みを手に取り

程よい温かさになった

茶を啜った。



最近このように

土方と一緒に茶を飲む事が

毎日の日課になっている。

互いに取り決めたわけではないが

決まって二人だけで飲んでいる。

いわば暗黙の決まりのようなもの。

互いに何も言わないが

一日の内の短時間でも

二人きりで過ごす

この穏やかで温かい時間を

大切に思っている。

何人にだろうと

邪魔されたくないのだ。







「あの・・・

お茶、薄くないですか?」



「大丈夫だ。

ちょうどいい渋さが出てる。

お前が淹れる茶は旨い」



「・・・ありがとう、ございます」







土方は茶を啜りながら

視線だけをソッと千鶴に向けた。

自分の些細な言動一つに

いつも様々な表情や反応を返す。

そんな彼女が

堪らなく愛しく感じている。







「・・・・・・ぁ・・・の」



「ぁん?」



「・・・ぁ・・・

な・・・なんでも、ないで、す」







もっと近づきたい。

ふと、そんなことを思った千鶴。

しかし、そんな恥ずかしいことを

素直に言える程もう幼くなどない。



一方、何やら言い澱む千鶴を

不思議に思った土方だが

察しの良い彼は

すぐに彼女の考えに気づいた。







「本当にいいのか?」



「え・・・?」



「俺は別に構わねぇが・・・

言いたいことがあんなら

はっきり言わねぇと

相手に伝わらねぇからな」



「・・・ぁ・・・」



「で?俺に何か

言うことはねぇのか?」







千鶴がふいに顔を上げると

自分を見下ろす

土方と視線が交わった。

いつも自分をからかうように

攻める時の・・・

あの意地悪な

不敵な笑みを浮かべている。











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