薄桜鬼

□惹かれるは華の香り
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「・・・ったく、どこに行ったんだ?

あいつは・・・」        

        

         

         


















この北の地にもようやく春が訪れた。

残雪がそこかしこに残ってはいるが

陽が昇っちまえば

柔らかな温もりを感じれる。

こういう日はあいつを町に

連れて行ってやろうと思ったんだが・・・。         

           

          

         
















「本当に・・・どこに行った?」          

         

         

           

















まだ朝早い。

洗濯物でも干してるかと思ったが

庭先には姿が見えない。





こんな狭い範囲でどこに隠れてやがる。





家の周りを見て周っていると

縁側に見慣れた着物が見えた。

こんな所にいたのかとホッとした。

ほんの少し姿が見えなかった・・・

それだけだってのに

こんなにも焦るなんて、な。



自分の変わりように心底あきれちまう。        

            

           

         


















「おい、千鶴・・・」          

        

「・・・ん・・・」        

         

「・・・千鶴?」        

          

        

          


















呼びかけに全く反応を示さず

なんとなく予想はつくが・・・

屈みこんで顔を覗き込んだ。



予想に違わず・・・眠ってやがる。



それはもう、気持ち良さそうに。

人の心配を余所に・・・良い気なもんだ。       

          

            

            


















「おい・・・おい、千鶴」          

        

「・・・ん・・・」          

         

「おい、風邪ひくぞ」          

         

         

          



















身体を少し揺すってみても

一向に起きる気配はない。

浅く溜め息を一つついて

この変わらない無防備さに苦い笑みが漏れる。

こういう寝顔は・・・全く変わらねえ。

幼さが少し混じった・・・

それでいて、妙な艶を帯びたこの寝顔。





ったく・・・気が気じゃなかった俺の気持ち

ちったあ気付けよ。





まだ、新選組の中で共に生活していた頃。

コイツに好意を向けていたのは

俺だけじゃねえ。

幹部連中はもちろん、平隊士の中にも

そういう目で見てる奴は少なくなかった。



自分の魅力を自覚しろって

何度言ったところで

理解するはずもねえよな、コイツの場合。         

          

          

           



















「・・・ん・・・とし・・・ぞぉ、さん・・・」        

           

          

        

















小さく身動ぎ俺の名を呼ぶ声に視線を移す。

傍らに自分も腰をかけ、ソッと抱きよせた。





この小さな肩と華奢な身体で・・・

どこまでも俺を追いかけてきた。

どこにそんな強さがあるのか・・・

いつも驚かされた。



こっちの男の意地みてえな決意なんざ

あっという間にぶち壊しやがる。

だが・・・そのおかげで

今こうして過ごしていられる。          

           

        

         


















「ふっ・・・お前には敵わねえな・・・」         

        

「んっ・・・」          

           

          

           



















未だ俺の肩に寄りかかり寝息をたてる姿に

表情が緩むのを感じた。





ああ・・・幸せってのは

こういうことをいうのか。





抱きよせる手に力をこめ

より引き寄せると・・・

仄かに甘い香りがした。           

この香りは・・・。           

           

           

           


















「・・・ああ・・・そうか」           

         

           

          

















お前に似合い・・・

それでいて、俺に似ているといった

あの薄紅の花の香り。

まだ、芽吹いたばかりのソレよりも

傍にある俺だけの華が・・・

真っ先に春を感じさせてくれた。









まさしく薄紅色をした艶やかな唇に

己の唇を重ねた。



滑らかな白い頬が柔らかく染まるのを垣間見て

今日は・・・このまま昼寝も悪くねえか、と。

いつもと変わらない

甘く、幸せな、二人の時間を

結局は過ごすことにした。















 

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