薄桜鬼

□雨と色気と欲情
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「あ、おかえりなさい。土方さん」



「ああ・・・今帰った」



「わっ・・・びしょ濡れじゃないですか!」



「急に降りやがったからな・・・

すぐそこだったから走って帰ってきたんだが・・・」



「て、手ぬぐい持ってきます!少し待ってて下さい!」







外から帰ってきた土方の濡れ具合に

本人よりも慌てる千鶴。

土方が声をかける間もなく奥へと走り去って行った。

小さく溜め息を一つ吐くと

とりあえず言われた通りに待つことにした。





しばらくして戻ってきた千鶴が

手ぬぐいを一つは土方へ渡し

もう一つは衣類の水気を取るのに使った。

しかし、よく吸い込んでしまった濡れた着物に

あまり効果は見られず。

とりあえず粗方の水気を拭うと

体が冷えないようにと

すぐに副長室へと連れ添った。







「土方さん、今新しい着物を出しますね」



「ああ・・・すまねえな」



「いえ・・・あのぉ・・・」



「?何だ?」



「え、と・・・あの・・・お、お体、冷えて、ますよね」



「ああ・・・別に、大したことねえ」



「そ、そうです、か」







着替えを準備する千鶴だが

副長室に入ったあたりから

妙に様子がおかしいことに気づいた。

土方は変化に気づくも

千鶴の心境も理由も分からずにいた。

そして・・・

着替えを渡す千鶴が

土方と目を合わせないことが決定的だった。







「・・・おい」



「!は、はい!」



「千鶴」



「はい・・・何でしょうか」



「・・・俺を見ろ」



「えっ!?」



「・・・でけえ声出すな」



「あ、あの・・・それ、はぁ・・・」



「何だ?できねえってのか?

俺の言うことが聞けねえとは・・・

お前も随分偉くなったもんだ」



「い、いえ・・・そういう、わけでは・・・」



「だったら、俺を見ろ。

いいか・・・これは、副長命令だ!」



「そ、そんなぁ・・・」







副長の命令と言われれば

嫌でも従うしかない。

千鶴は張り裂けそうな程に

心臓が高鳴るのを感じながら

弱々しくそっと顔をあげ土方を見つめた。



その表情の・・・何と艶やかなことか。

瞳を潤ませ

頬を赤く染め上げて

戦慄く唇はまるで口づけを誘っているようで。

何が千鶴をそうさせているのかは知らないが

土方はこれ幸いとばかりに

そんな状態の千鶴を腕の中に抱え込んだ。



足元に落ちた着替えに気にもとめず

その己が欲を煽る可憐な唇を奪う。

甘ったるい声を出しながらも

自分を抱き締める力強い腕に

無意識ながらも縋る千鶴。

それに気を良くした土方は

堅く閉ざされた唇を宥めるかのように

舌を這わせていく。

そして、歯列をなぞり

甘い痺れにも似た快感耐えきれなくなって

とうとう甘い吐息と共にやんわりと開かれる。

それを見過ごす土方ではなく

素早く口内へ舌を潜り込ませ

逃げようとする小さな舌を絡め取る。

その器用な愛撫に翻弄され

もう・・・何も考えられなくなってしまった千鶴。



当初の目的さえ、今の二人の意識から消え去ってしまっていた。







「んっ・・・あ、は、ぁ・・・ぁ・・・」



「千鶴・・・」



「ぁ・・・だ、め・・・ですぅ・・・あ・・・」



「こんなに俺を誘っておきながら何言ってやがる」



「さっ・・・誘ってなんて、いません」



「ここに入った時から、俺と目合わせなかっただろうが」



「そ、それは・・・あの・・・」



「つまりは、こういうことじゃねえのか?」







そう言うと土方の長く綺麗な指先が

先程の口づけで潤った唇を柔々と辿り撫でる。

敏感に反応する千鶴にニヤリと笑みを張り付けながら。







「いい加減に白状したらどうだ?」



「ぅ・・・あの・・・あ、雨に濡れた、土方さんが・・・」



「・・・俺がどうした?」



「っ・・・す、すごく・・・い、色っぽくて

・・・緊張、しちゃったん、です・・・」







思いがけない千鶴からの告白。

水も滴る何とやら。

まさか、千鶴に対して

こんなにも効果があるとは思わなかった。

土方はしげしげと千鶴を見つめながら。

何かを思いついた様子で

再度千鶴を抱き直し真正面から見つめると

黒いながらも普段見せない笑みを浮かべた。







「千鶴」



「は、はい・・・」



「そろそろ、体が冷えてきた」



「あっ!あの、着替えを・・・」



「そこで、だ。

俺に見惚れてくれたお前に褒美をやろう」



「え・・・?」



「特別に、この濡れた着物を

お前の手で脱がさせてやる」



「・・・な・・・何、おっしゃってるんですか!?」



「ありがたく思えよ?」



「あ、ありがたくなんてないです!

ご自分で着替えを・・・」



「誰のせいで、体が冷えたと思ってんだ?」



「ぅ・・・それ、は・・・」



「見惚れて、なかなか着替えを渡してくれなかったから、な?」



「す・・・すみません・・・」



「謝罪なんていらねえ・・・

お前は黙って俺の着物を脱がしゃあいいんだよ」



「そんなぁ・・・」







その日の夕餉には・・・

副長とその副長の小姓の姿がなかったとか。



雨の日には十分用心しよう。

そう堅く誓った千鶴なのでした。












〜終〜


 

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