薄桜鬼

□土方家のある日。
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「千鶴、茶を持ってきてくれないか」



「はい、すぐにお持ちいたしますね」







筆を動かす手を止めて

少し一息つくことにした。

こうして一声かけて

俺の為に、俺だけの為に

返してくれる千鶴の声。

どうしようもない程の幸福感。



まだ、新選組として動いていた頃

あいつを呼ぶのは俺だけじゃなかった。

幹部連中はもちろん、平隊士も

特に蝦夷では大鳥さんが

総司並に構いやがって

今思い出すだけでも腹が立つ。



懐かしい名を思い出し

それと同時にふと

聞き流しで聞いていた

とあることを思い出した。

思い出したというより

頭に浮かんだって方が正しい。



大鳥さんが教えてくれた

西洋での行事の話。

向こうではこの時期

とある偉人の生まれた日を

祝うことになっているらしい。

何とも莫迦らしい話で

俺が軽く受け流していると

あの人は最後にこう付け加えた。





『まあ、それは口実でね

向こうでは愛する人と過ごす

特別な日とされているんだよ。

綺麗に装飾した部屋と豪華な食事で

特別な相手と過ごす一時。

日頃からの感謝もこめて

愛を確かめ合う

そんな特別な日なんだよ』





思い出されたその言葉も

あの何かを含んだような笑みで

ありがたみが薄らいでしまったが。

だが・・・。







「特別な日に、特別な相手と、か」







俺にとっての特別な相手なんてのは

たった一人しか浮かばねえ。

暦を確認すれば

今日が調度その日だ。

正式な過ごしかたとか何も知らないが

装飾は無理にしても

普段より少し奮発した食事と

あいつがいればそれで十分だ。

それに・・・。







「これを渡すのにも

調度いいかもしれねえな」







買ったはいいものの

渡す機会を伺って

渡せずにいた代物。

あまり着飾らないあいつへと

紅と香を包んでもらった。

あいつの場合もとが綺麗だからな

別に俺は必要ねえと思うが

女ならたまには紅の一つくれえ

さしたいと思う時だってあるだろう。

俺としては香の方が重要だったりする。

あいつの温かい香りは心地よく

心が安らぐものだ。

この買ってきた香は店主曰く

桜を表したものだと言っていた。

確かに嗅いだ瞬間

すぐに気に入った。



まあそんな些細な理由で

買ったものの渡せずにいたから

この機会にあいつへ贈ってやろう。

そう思い立つと

調度茶を淹れた千鶴が

盆に湯呑を乗せて戻って来た。

湯呑二つを乗せて。







「お待たせいたしました」



「・・・千鶴」



「はい・・・

あ、お茶受けも持ってきましょうか?」



「いや、そうじゃねえ。

・・・ちょっと座ってくれねえか」



「?はい」



「千鶴、お前今日が

どういう日か知ってるか?」



「え・・・今日、ですか?」



「ああ」







俺の問いかけに神妙な顔つきで

懸命に考え込む千鶴。

そんな様子が可愛くて

こう腕の中に閉じ込めたい・・・

って考えに呑まれそうになり

慌てて思考を元に戻した。







「ふっ・・・そんなに考えこむな。

知らねえのも無理はねえ」



「え?」



「以前大鳥さんから聞いたんだが

西洋の方では今日は特別な日らしい。

特別な相手に日頃の感謝を告げて

愛を確かめ合う、そんな日だそうだ」



「そうなんですか?初めて聞きました」



「俺もさっき思い出してな。

それでだ、今日は少し奮発して

いつもより少し豪華な食事にしないか?」



「いいですね!・・・あ、でも

材料がありません」



「買いに行くに決まってんだろ。

まだ、昼前だ

今から出れば十分間に合うだろ」



「一緒に、行って下さるんですか?」



「当たり前のことを聞くんじゃねえよ」







そう告げて頭を少し雑に撫でてやると

何とも嬉しそうな表情を浮かべた。

そんな表情に満足しながら

俺は渡したかったものを

千鶴の前に差し出した。







「ほら」



「え?」



「今から町へでるからな。

これを付けてこい」



「え・・・え?」



「俺は外で待ってるからな」



「え、あ、あのっ・・・」



「いいか、ちゃんと付けて来いよ。

・・・副長命令だ」



「は、はい!・・・って

ずるいですよ、歳三さん!!」







あの一睨みを利かせて念押しすると

条件反射なのだろうが

当時のような凛とした返事をしてくれた。

もちろん一切の澱みなく肯定のものを。

ずるいと言われようが

お前が遠慮することなんて

目に見えてるわけで

大事に取っておかれるなんてまっぴらだ。

だから、先手を打ったまでだ。










少しして玄関前で待つ俺の前に

薄く紅をひいた照れた千鶴が

普段の甘さと桜を思わせる儚い

そんな春のような香りを纏わせて

ゆっくりと出て来た。

想像どおりのその姿に

俺は自然と表情が緩んで

抱きこみながら告げた。







「よく似合ってる。

・・・千鶴、愛してる」







真っ赤になる千鶴も

俺の腕の中で遠慮がちに

小さな声で愛の言葉を紡いでくれた。










〜終〜


 

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