薄桜鬼

□あなたは誰のもの?A
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山「副長」



「ん?どうした?山崎」



山「・・・失礼なことと重々承知の上で

申し上げたいことがございます」



「・・・何だ、改まって」







報告を終えた山崎が

退室せずに座っていることに

不審に思い始めた時。

意を決したように

真っ直ぐに俺を見ながら

開いた口からは固い声が響いた。

コイツがこれ程までに

緊張した面持ちで語ろうとしていること。

ただごとじゃあねえな、と

居住まいを正しながら

改めて向き直り聞く体勢をとった。







山「・・・雪村くんのことです」



「!・・・千鶴のこと?」



山「はい。

・・・副長は雪村くんのことを

どうお考えなのでしょうか?」



「どう、って・・・どういう意味だ」



山「他の幹部の方々から

少々お聞きしたのですが

副長は雪村くんを甘やかし過ぎだと」



「はぁあ!?」



山「その様子は火を見るより明らかで

・・・何かにつけて雪村くんを

副長室へ呼びつけては独り占めにし

所用で出かけた先では必ずといって

雪村くんへの土産の品を自ら買われ

酷い時には丸一日雪村くんを

離さないこともあるとか・・・」



「待て待て待て!!

一体誰からそんな話を・・・」



山「先程も言いましたが

幹部の方々です。

主に、一番組の組長ですが・・・」



「ちっ・・・総司の野郎!」







人の悪そうな笑みを浮かべる総司が

瞬時に脳裏に浮かび

腹立たしいことこの上ない。

涼しげな表情でありのままの事実を

淡々と述べる山崎の

冷静さを欠かさないその有能さに

突きつけられるその事実が

より一層の鋭利さを持って俺を攻める。

言われる通り・・・

確かに俺は千鶴に甘いのかもしれねえ。

それは凡そ自覚しているつもりだ。

仕方ねえんだよ、それは。

あいつが・・・。







「・・・笑うから、な」



山「は?」



「っ・・・千鶴は、人一倍何でも我慢して

人に気をつかいやがって

俺には休めって言うが

そのくせ自分は無茶ばかりしやがる。

何度注意しても大丈夫の一点張り。

疲れてるにも関わらず

変わらずに笑顔を振りまきやがって」



山「・・・・・・」



「俺はな、あいつにそこまでを

求めちゃいねえんだ。

だいたい、居候のくせに

ここの誰よりも動きまわってるってのは

あいつの身を預かる立場の俺としては

見過ごすわけにはいかねえ」



山「・・・本当に、そうお思いですか?」



「・・・どういう意味だ?」



山「・・・雪村くんを預かる立場・・・

つまりは新選組の副長という立場から

ということですよね」



「・・・それ以外にねえだろ」



山「なら、『土方歳三』という

一人の男としては、どうなのでしょう?

雪村くんに甘い理由・・・

貴方個人としてはどうお考えですか?」







・・・コイツは何を言ってやがんだ?

妙な話の振られ方をした俺は

山崎が言いたいことを

嫌という程理解している。

だが、それにすんなりと

答えられるはずもなく

どうしたものかと

俺らしくもなく返答を渋っていると。

スパンっと小気味良い

襖の開かれた音と共に

軽く既視感に襲われたのは

気のせいではないはずだ。







「・・・はぁ・・・お前、入る時は

声くらいかけろって・・・」



「・・・っく・・・ふ、ぇ・・・

ひ、かた・・・さぁ・・・ぅ・・・」



「!?おまっ・・・どうした!?

何があった!誰に泣かされた!!」



「ぅ・・・う・・・」



「黙ってたら分からねえだろ!

言え!!誰にやられた!」



「っく・・・ひ、土方、さん・・・です」



「・・・はあ?」



山「・・・副長。

少々、詰め寄り過ぎではないですか?」







言われて気がつけばいつの間にやら

入ってきた千鶴の肩を掴み

その差僅かばかりにまで詰め寄り

互いの前髪が触れ合う程の

距離となっていた。

見ると泣いていた千鶴は

流れはしていないものの

目尻に滴を溜めてうるうると見上げてくる。

その頬は泣いていたからなのか

それともこの距離のせいからか

上気したように赤く染まっている。

そんな千鶴は幼く見えるものの

不覚にも可愛いと思ってしまった。

もし、ここに山崎がいなければ

俺はコイツをどうしていたのか。

それを考えると

大きく安堵するものの、若干・・・。







「・・・残念なような・・・」



山「何かおっしゃられましたか?」



「・・・な、何でもねえ。

んなことより、千鶴。

俺にやられたって

俺がお前を泣かせるような

何かをしたってのか?」



「・・・あ、あの・・・

した、というか・・・

していないというか・・・その・・・

な、なんでも、ありません!!」







そう叫んで俺の手を振り払い

逃げ出そうとした千鶴だが

再度その細腕を掴み

今度は腕の中へと抱え込み

逃げ出させないようにした。

この俺が簡単に離すとでも思ってんのか?







「おい、山崎」



山「はい、何でしょうか?」



「さっきの答えだ」



山「・・・・・・」



「個人的にも同意見だ。

誰彼構わずに他の野郎まで世話焼いてる

そんな姿見たかねえんだよ。

焼くなら俺だけでいい・・・

それが答えだ」



山「そうですか・・・分かりました。

良かったな、雪村くん」



「・・・・・・何?」



「え・・・ぁ・・・え、とぉ・・・」



山「副長、俺はこれで失礼します」







俺が何かを言う前に

さっさと退室してしまった山崎は

俺と千鶴を残して

些細な、だが俺達には

無視できない大きな一言を残して行った。



腕の中で赤くなりながら慌てふためく

何やら可愛い千鶴を見下ろし

くいっと顎を掴んで上を向かせた。

視線が交わりいっそう赤くなる頬が

愛らしくて、ずっと見ていたくなる。







「さっき山崎が言ってたのは

どういう意味だ?」



「・・・・・・あの・・・

私が、土方さんにご迷惑かけてばかりで

何のお役にも立てなくて・・・

土方さんも、私など必要ないのでは

そう・・・山崎さんに言ったら

『分かった』って・・・」



「あいつ、最初からそのつもりで・・・

・・・それよりもだな。

俺がいつお前が要らねえとか

迷惑だと言った?

何も言っちゃいねえだろが」



「でも、いつも私だけお土産を頂いて

気をつかっていただき

土方さんに呼ばれて一日副長室にいても

何も手伝うこともできずにいて

・・・役立たずだと思われても

仕方がないって分かっています」







俺のやってたことを

こうも裏にとるヤツなんざ

コイツくれえなもんだろ。

自分だけ土産をもらうってことは

自分が特別だって思わねえのか?

用もねえのに一日隣りにいるってことは

傍にいて欲しいってことだって気づけ!

千鶴の場合、男女間の駆け引きや

いろはなんてもんは頭にないんだろうが。

人の心に機敏なコイツだからこそ

分かってくれてんじゃねえかって

どっかで期待してたのかもしれねえ。







「・・・まあ、はっきりさせなきゃ

ならねえんだよな」



「え?」



「俺はな、千鶴。

お前を役立たずだの迷惑だの

んなこと思っちゃいねえ。

思ったことなんざねえんだよ。

・・・いつもちょっとしたことにも

気がついて、細々と世話焼いてくれる

そんなお前に感謝はしてるけどな」



「っ!!そん、な・・・

私は自分にできることを

しているだけです。

でも・・・ありがとうございます」



「ただ・・・不満があるとすりゃ

一つだけだな」



「え」







驚いたような様子の千鶴は

びくびくしつつもその瞳は

もう涙はなくいつもの千鶴だった。

どうせ、俺から何を言われるのか

何か怒られるんじゃねえかって

内心すげえ緊張してんだろうな。

まあ、この様子からも一目瞭然だ。



ここには誰もいねえ。

俺と千鶴の二人だけ。

なら・・・・・・偶には

正直に話してみてもいいだろうか。

どうせ、他のヤツらにも

俺がコイツに甘いのはばれて

いろいろ言われてるんだ。

だったら、それにとことん

乗っかってやんのもいいかもしれねえ。



俺は千鶴を横抱きに抱え上げ

部屋の真ん中まで来ると

千鶴を抱えたまま腰を下した。

胡坐をかいたその膝の上へ

千鶴を下して改めて見つめ直すと

思いがけない俺の行動に

また頬を赤らめていた。

こんなに愛らしくて、愛しくて

愛でてやりたいと思ってんだ。

早々手離して堪るかよ。







「俺の不満・・・聞きたいか?」



「っ・・・は、い・・・」



「じゃあ・・・教えてやるよ」







つくづく俺は千鶴への接し方に甘いなと

自分でも苦笑したくなるも

この心から溢れる想いがあるから

仕方ないことだと諦めた。

そうすると意外にも

開き直れるもんなのだと

感心を覚えつつ

千鶴の耳元にそっと囁いてやった。







「お前は、俺の小姓だろ?

だったら、俺以外の世話なんざ焼くな。

お前は俺だけを見て

俺だけに笑ってりゃあいいんだよ」







そうお前は、俺だけのもんなんだからな。














〜終〜


 

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