薄桜鬼

□あなたは誰のもの?B
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「はい、どうぞ」



藤「ありがと、千鶴。

いっつもごめんな」



「ううん。

私がしたくてしてることだから

気にしないで?」







ふわりと風が舞いこむと

香るのは冴えた冬のものではなく

芽吹きを待つ花々の

柔らかな微かな香り。

もうすぐ春がくるだろうかと

ほんの少し浮足立つ、今日この頃。



今日も皆の雑務を快く引き受け

一心に仕事に取り組む姿は

それはもう真摯なもので。

微笑ましいどころか

どこかの誰かさんみたいだ、と

一瞬思ってしまったのは

思考の彼方へと消し去った。

藤堂は(周囲にはもろバレだが)

密かに想いを寄せる千鶴に

暇さえあればこうして話しかけている。

どんな些細な用事でも

無理やりに作り出して

こうして千鶴の元へとやってくる。

千鶴としては

頼ってもらえてるように思えて

嬉しい限りなのだが。







「平助くん・・・

つい最近も羽織、破いてたけど

・・・そんなに治安が悪くなってるの?」



藤「え!?」



「何か、危ないことに

なってるんじゃ、って・・・」







実は、何も用事が思い浮かばない時は

羽織や着物を少し破いて

繕ってもらっているのだ。

・・・今日のように。



そんな藤堂は本気で心配し

不安げな表情を見せる千鶴に

申し訳なさと

ほんの少しの喜びを感じた。

惚れた女が自分の身を案じてくれるとは

男としては嬉しい他にないではないか。



治安が悪いわけではなく

ただ、酔っ払いなどの喧嘩に

巻き込まれやすいだけだと説明する。

酔っ払いが多いのは

まあ・・・もうすぐ春だからだ、と。







原「春になるたびに

わんさか酔っ払いが増えちゃあ

たまったもんじゃねえよなぁ、平助?」



藤「ぅえ!?さ、左之さん・・・」



永「まあ、花見の季節ってえのは

酒が飲みたくなんのは

誰でも一緒ってことかぁ・・・

なあ、平助?」



藤「っ・・・し、新八っつぁんまで

なんなんだよ!!」



「お疲れ様です。

原田さん、永倉さん」



原「よぉ、千鶴」



永「千鶴ちゃん、平助のなんか

放っときゃいいんだぜ?」



藤「だぁあ!もう!

今千鶴と話してんだから

邪魔すんなよなぁ、もう!」



原「悪かったって、んな拗ねんなよ」



永「だ〜から、ガキだってんだよ」







後から来た子供のような大人に

散々からかわれ

すっかり調子を崩された藤堂。

そんな三人の仲の良い様を見て

ほのぼのとしていた千鶴だが

原田と永倉が巡察から

戻ったということを思い出し

未だ手元にある繕った羽織を見て

また、気分が落ちてしまった。

そんな変化に目ざとく気づいた原田は

必要以上に色気を纏わせながら

千鶴の隣りに腰かけた。







原「どうした?千鶴・・・

急に暗い顔して」



「あの・・・

最近、町の様子は、どうですか?」



原「町の様子?」



「はい」



永「様子って・・・

何か気になることでもあんのか?」



「い、いえ・・・あのぉ・・・」



藤「あ〜・・・俺のせい、だよな。

ごめんな、千鶴」



永「お前、千鶴ちゃんに何かしたのか?」



藤「違うって!

俺がよくさ、着物破いたりしてるから

治安が悪いんじゃないかって

不安にさせちゃったみたいなんだ」



原「ったく・・・

千鶴、平助は喧嘩が大好きなだけで

あちこちで騒ぎが起きてるわけじゃねえ。

だから、そんな表情するなよ」



永「そうそう

コイツは喧嘩を呼び寄せる天才だからな」



「呼び寄せる・・・?」



藤「んなわけねえじゃん!

ってか、聞き捨てならないことばっか

言うなよ!!」







三人の様子からして

そんなに深刻に考えなくても良いのかと

やっと安心できたのか

千鶴はほっと胸をなでおろした。

そんな様子に原田、永倉以上に

藤堂は嬉しくなった。

そして、密かにこれは脈ありか?

などとも考えていたり。







永「っつうかよ、千鶴ちゃん。

んなに平助が心配だったのか?」



「え?」



藤「千鶴は優しいんだって」



原「千鶴じゃなくても

平助みてえなお子様は

保護者からしたら

外に出すのは心配でたまんねえよ」



藤「だからお子様じゃないっての!」



「あ、あの・・・私・・・」



原「ん?どうかしたのか?」



「い、いえ・・・私、別に

そこまで心配してたわけでは・・・」



藤「え・・・」



永「ん?でも、さっき

すんげえ、不安そうな表情してたぜ?」



原「ああ・・・違うのか?」



「あの・・・確かに、心配、というか

不安ではあったんですけど・・・

平助くんは強いし、怪我もしてないし

大丈夫だと思ってたので

・・・むしろ、私、は・・・」







何やら頬を染めながらもじもじし出した

可愛らしい千鶴。

そんな姿に三人とも

ときめきを覚えてしまい

デレデレと見つめてしまった。

しかし、次の言葉で

三人とも・・・特に藤堂は

一気に奈落の底へと落とされてしまった。







「ひ、土方さんのお仕事が

また増えてしまうのかと

・・・そちらの方が心配だったんです」



藤「・・・土、方、さん?」



「うん・・・

最近特に忙しくされてるから。

会合に出かけられたり

送られてきた書状への返書や

確認だったりと・・・

これ以上お仕事が増えたら

それこそ休む間も寝る間も

なくなってしまうので」



原「・・・ああ・・・そう、だな」



永「あはは、良かったな・・・

なあ、平助・・・?」



藤「・・・・・・」







つまり。

千鶴の不安げな表情は

藤堂ではなく、ここにはいない

あの鬼副長を想っての表情で。

千鶴の心を大きく占めているのは

鬼副長に他ならないということだ。

面白くもなければ

全く良くもない。

だが、まだ、その想いが

好意と決まったわけではないと

小さな希望にかけていた。



だが、そこへ運よくというのか

運悪くというのか。

話題に上がっていた本人がやってきた。







「おい、てめえら。

さっきからうるせえぞ!

何騒いでやがんだ!!」



藤「うわっ・・・土方さん・・・」



原「俺らは今巡察から戻ったとこだ」



永「今日は特に何もなかったぜ」



「ああ、ご苦労だった。

・・・それで、平助は何してやがんだ?」



藤「ぅえぇ!?

お、俺は・・・その・・・」



「すみません

私が足止めしてしまったんです」



藤・原・永「え?」







怒り爆発五秒前な土方の目前に

すいと踏み出た千鶴は

臆することなく説明を始めた。

羽織の繕いを自分が引き受けたが

終わったにも関わらず

話しこんでしまったこと。

その会話に巡察から戻った原田と永倉を

巻き込んでしまったこと。

それらは、自分が悪いのだと。

そう千鶴は説明をするのだった。

千鶴は全く悪くはないのだが・・・

こうして庇おうとしてくれている

そのことが藤堂には嬉しく

あの、小さな希望が現実味を帯び出した。

しかし・・・世の中はそう甘くはない。











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