薄桜鬼

□夕顔
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*「紫陽花」続。





「花?」



「はい。近藤さんが

出先で頂いてきたと言われてました」







コトリと、文机の端に置かれた湯呑。

立ち上る湯気と香りに

走らせる筆を止めて顔を上げた。

スっと湯呑から離れていく

白魚のような滑やかな手を見つめ

ゆっくりと視線で辿ると

いつもと変わらずに

俺と視線を合わせふわりと笑む彼女。







「何でまた、花なんか・・・」



「一目で気に入ったと

楽しそうにお話されてました」



「あの人は、本当に・・・

で?一体、何の花なんだ?」



「・・・夕顔です」



「へえ・・・夕顔か」



「玄関を出た所に置いてますので

土方さんも良かったら見て下さいね」



「ああ・・・暇ができりゃあな」



「ちゃんと、休憩を入れて下さい!」







そう・・・何ら変わりない。

彼女と俺の態度、関係。



あれから・・・

彼女を強引に掻き抱いたあの日から。

特に変わりなく俺と彼女は

今まで通りに接していた。

彼女はあの件に関しては

何も聞いてくることもなく

寧ろ、なかったことにしているような。

そんな彼女に対して

苛立ちを感じている自分に

戸惑いを感じている。

己の立場を考えれば都合が良いと

安心できるはずなのに、だ。







「・・・はぁ・・・」



「?土方さん、どうかされましたか?」



「・・・いや、何でもねえ」







言い淀む俺の顔を

不思議そうな表情で見つめてくる。

その何ともあどけない表情が

たまらなく愛しく思えて

今すぐに抱きしめたい衝動に襲われた。

伸ばしかけた手を

何とか理性で抑え込み

ただ、膝の上できつく握りしめる。



あの日から囚われているのは

俺の方なのか。

彼女は俺の暴挙を咎めたりしないのか?

それとも、一夜の出来事として

それだけだと思えるのか?

彼女は・・・俺をどう想ってるんだ?



そこまで考えて

己の女々しさというか

何とも情けない巡らせる思考に

思わず舌打ちが漏れ出てしまった。

いつもの俺らしくない。

こういう色事は

幾度となく経験してきたというのに。







「あの・・・私、また・・・

何かしてしまいましたか?」



「あぁ?何だ、突然・・・」



「何か粗相をしてしまったのなら

ちゃんとおっしゃって下さい!

私・・・土方さんのお役に立ちたいのに

ご迷惑しかかけられないなんて」



「おい、俺は何も言ってねえだろ。

・・・ぁ〜、もしさっきの舌打ちを

気にしてんだったら

アレは自分に対してだから気にすんな」







人の気持ちの機敏に敏感な彼女だと

己の心に必死で失念していた。

俺の説明にもまだ納得していない

そんな表情でいる。

こんな彼女に溜息が小さく漏れたが

俺の為に何かしたい

役に立ちたい・・・

そう真っ向から気持ちをぶつけられる

そのことに嫌な思いが湧くはずもなく。

緩みそうになる頬を

必要以上に力を入れて抑えた。







「私・・・すみません。

全然、お役に立ててないですね」



「・・・・・・役に、立ちたいのか?」



「はい!もちろんです!」



「・・・・・・・・・そうか」



「はいっ・・・・・・土方、さん?」







役に立ちたい。

俺の為に。

彼女のその想いは純粋なもので

言葉そのままの意味で

言っているにすぎない、と。

よく分かっている。

分かっているが・・・

俺の為、と。

そう思うならば

茶も大事で、仕事面の補佐も大事で

だが・・・今は、それよりも

もっと重要なこと。



俺の表情と雰囲気の変化に

僅かに怯えを見せる彼女。

ゆっくりと、あの心地の良い

柔肌に指を這わせていく。

徐々に染まる桃色の肌を見つめ

至近距離でもないのに

あの甘い香りが香るような気がした。





俺の為と思うなら・・・

この溢れ狂いそうな色を含んだ欲を

お前の手で鎮めてくれ。





そんな一方的な想い故に

俺はまだ明るい陽の下で

再び彼女を畳みへと押し倒していた。











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