Black Jack

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私は、何の為に生まれてきたの?

誰かに必要とされたいと

そう思うことは、いけないこと?

生きる意味を探すことは

許されないこと?

私は意思を持ってはダメなの?





そんな私の問いかけに

答えてくれる人なんていない。

誰も・・・いない。

私は一人で、独りなんだ。

それでも、ね?

心を殺したりはしたくない。

広がる大きな青空が眩しいとか

早朝の少し冷えた空気が気持ちいいとか

道端に控えめに咲いている小花が

とても可愛いとか

降り注ぐ木漏れ日が綺麗とか。

そういう当たり前の感情を

忘れないように。

そうすれば・・・

一人でも、独りでも

私は大丈夫なんだよ。










〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





ふと目を覚ませば

見たことのない天井が見えて。

ほんの少し顔を横に向けると

やっぱり見たことのない部屋で。

体を起してみようとするも

あまりの痛みに無理だと悟る。



私は一体どうしてしまったのか。

ここは一体どこなのか。

どうしてこんなところにいるのか。

思い出そうとしてみるも

全く思い出せない。

ぼんやりと考えていると

壁にかけられた時計に視線がいき

示された時刻に背筋が凍った。







『5時・・・40分・・・っ!』







自分の状況なんてどうでもいい。

早く、早く帰らなくては。

後20分で家に帰らないと・・・。

でなければ、また・・・!



痛む体で無理やり起き上がり

ベッドから降りようとした。

すると、足に全く力が入らず

そのまま崩れ落ちてしまった。

ドサっと体を支える間もなく

床に倒れた私は

それでも懸命に体を起こそうとした。

すると・・・

目の前の扉がゆっくりと開いた。







「・・・目が覚めたのかい?」



『っ・・・あ、の・・・』



「で?そんな体で

一体どこに行こうとしていたんだ?」



『!・・・あ・・・』







現れたのは見知らぬ男性で。

黒髪と白髪で

顔に手術の痕なのか縫い目がある。

それよりも惹きつけられたのは

真っ直ぐな瞳。

こんなにも真っ向から

私と視線を合わせて

負の感情をぶつけられないのは

初めてで。

思わず見つめてしまっていると

僅かな距離を縮めるように

男性が近づいてきて

私の体を軽々と抱きあげた。

荷物を持つように肩へ担がれて

意図することも分からず

言葉が出なかった。



先程まで私が眠っていたベッドへ

ひょいと戻されて

その男性もベッドの端へと腰かけた。







「お前さん、どうしてここに来たのか

覚えているかい?」



『い、いいえ・・・』



「・・・お前さんの父親と母親が

意識のないお前さんを連れて来たんだ。

『事故に巻き込まれ怪我をした。

どうにかしてくれ』とな」



『事、故・・・?』



「診たところ大したこともなく

軽い脳震盪だったんだが

それよりも・・・」



『え?・・・!きゃっ!?』



「・・・コレの説明をしてもらおうか?」







何の前触れもなく

急に胸元を肌蹴られ

露になった自分の肌に

急激に羞恥が襲った。

隠そうにも腕を押さえつけられ

成す術もない。

けど・・・コレと示されたことに

私の赤らんだ顔は蒼白となる。



体中のいたるところにある

鬱血した痣に、火傷の痕。

衣服を捲られた背中には

幾重にも重なる皮膚の破れた細い傷と

爛れたような蚯蚓腫れ。

こんなもの、見られてしまっては

隠しようも言いわけのしようもない。







「・・・あの二人かい?」



『・・・後、姉も・・・』



「鞭か、ベルトか・・・

それと、タバコと

何か直接火を当てられた痕もあるな。

大方ライターか何かだろ。

それに・・・後は殴打されたか」



『・・・私がイケナイんです。

お父さんの機嫌を損ねてばかりで

だから、お母さんも私を怒って・・・

そんなふうだから

家の雰囲気を壊したって

お姉ちゃんにも怒られて・・・』



「・・・・・・」



『だから・・・気に、しないで下さい』







私にはそう言うしかない。

この人には私の事情なんて

全く関係ないのだから。

私の言葉に不機嫌そうに

表情を顰めるのが分かり

また、この人まで不快にさせたのかと

落ちつかなくなってしまったが。

ふと、思い出したことが・・・。







「お前さん・・・」



『あっ』



「どうした?」



『あの、私を診てくださったって

・・・貴方は、お医者さん、ですか?

あの、ありがとうございました。

お礼が遅くなって、ごめんなさい』



「・・・・・・ふっ・・・

・・・くくっ・・・はははっ」



『え・・・え?』



「いや、すまない。

お前さんは、いつもそうなのかい?」



『え?そう、って・・・?』







急に笑い出した目の前の男性。

顰め面から一変して

吹き出したように笑って

ドキンと鼓動が跳ね

そんな自分にも戸惑う。

それよりも、自分が何か

おかしなことを言ったのか

一生懸命振り返ってもよく分からない。







「ふっ・・・いや、気にするな。

・・・体の傷は、出来る限り治療はした。

だが、大半は痕が残るだろう」



『・・・ありがとう、ございます』



「ご両親は用事があると言って

出て行ったが

6時にはここへ迎えに来ると言っていた」



『っ・・・分かりました』



「・・・・・・」







今度は遅れないように

急いでお礼を言った。

本当に不思議な人だ。

今まで私に

こんなにも普通に

接してくれた人はいない。

家族も、学校の先生も、クラスメイトも。

近所の人だってそう。

私を無視するか、蔑むだけ。

一体自分の何がそうさせているのか

それが分からなくて

改善しようもなく、ここまで来た。

そんな私に、この人は・・・。

この短い間に些細な

お医者さんとしての会話だけど

それでも、普通に接してくれて。

私に優しく触れてくれて。

そのことが・・・

大げさなんかじゃなくて

今までで一番、嬉しいと思った。










〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





約束の6時になると

両親が迎えに来た。

その表情は想像通り

良いものではなくて。

簡単に挨拶を済ませると

お父さんは不機嫌そうに

お母さんはそんなお父さんに焦りつつ

苛立ちを私にぶつけてきた。

掴まれた手首に痛い程の力を感じ

思わず苦痛を表情に表してしまった。



すると、ふいに後方から

思いがけずにぐいっと引かれ

何か温かいものに包まれた。







「あんた達、治療費を忘れていないか?」



「脳震盪で何もなかったんだろ?

だったら、払う金などない」



「私は引き受けた患者の全てを検診する。

当然この娘の全身を診させてもらった」



「!?」



「な、何を・・・」



「別に口外するつもりはない。

安心しな・・・

ただ、そちらは完全とまではいかないが

治療は大きくさせてもらったんだ。

その分は払ってもらわないとな」



「ふ、ふざけるな!

あんたが勝手にやったんだろ!!

だいたい・・・端からこの子の為に

払う金など持ち合わせていない」



「全く、あんたのせいで

いつもいつも私ばかりが責められて

・・・本当に面倒な子ね」



『・・・・・・』



「・・・あんたなんてね

・・・私の子でもなんでもないわ」



『っ・・・』







私は、何の為に生まれてきたの?

必要とされたいと思うのはいけない?

生きる意味を探すことは許されない?

私は意思を持ってはダメなの?

一人でも、独りでも大丈夫・・・

なんて、もう・・・無理だよ。



誰かの前で涙を見せたことなんてない。

今まで我慢できていた。

耐えることができていた。

でも・・・それでも・・・

もう、ダメだよ。

溢れる滴を止められず

俯く顔さえあげられなくて。







「・・・どうやらあんた達は

私が思う以上にどうしようもないらしい」



「なっ・・・」



「治療費はいらない」



「何!?」



「口止め料も必要ない」



「ほ、本当に?」



「ただし・・・」







ふいにぐっと抱き寄せられ

頭上から聞こえた

紡がれた言葉で

私はようやく顔を上げることができた。







「この娘を置いていってもらう。

治療費も口止め料も必要ない。

代わりにこの娘をさしだすこと

それが条件だ」










to be continued・・・


 

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