Black Jack

□06
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この家に来て、もう二週間。

新しい生活にも慣れて

少しずつこれからの自分というものを

考えるようになった。

今は先生のお手伝いをしている。

といってもピノコちゃんみたいに

治療や手術の助手はできないから

カルテや必要書類の整理

器具の準備に消耗品の手配

室内の清掃や洗濯といった

雑務が主なのだけど。

それでも、先生に

「ありがとう」と

言ってもらえるだけで

私でも役に立てるのだと思えた。



今日は患者さんも来なくて

とても静かな一日だった。

夕食の後片付けも済み

先に寝たピノコちゃんの様子を伺い

よく眠っていることを確認してから

自室へと向かった。

その時、先生の部屋の前を通ると

ドアの隙間から

小さく明かりが漏れていた。

そっと覗き見ると

まだ起きている先生が

デスクに向かって何かの本を読んでいる。

こんな時間まで仕事をしているなんて。

無免許医だとか、悪名高いとか

いろいろ噂されているけれど

こんなに熱心に仕事をしている人が

いったいどれだけいるのだろうか。

きっと、先生は群を抜いて

その数少ない中に含まれる。










〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





−コンコンッ・・・−





「何だ?」



『・・・先生?』



「!知世か?どうした?」



『あの・・・入っても、いいですか?』



「ああ・・・構わないが」







そっとドアを開けて

僅かな隙間から体を滑り込ませるように

室内へと入りドアを閉めた。

私の手には先生の好きな

コーヒーを淹れたマグカップ。

もちろんブラックで。







『遅くまで大変ですね』



「いや・・・知世

気をつかわなくてもいいんだぞ?」



『いえ、私が勝手にしているので

先生こそ気にしないで下さい』



「・・・まだ、寝ないのかい?」



『・・・もう、寝ます』







コーヒーの湯気の向こうから

言葉と同様に問いかける視線を向けられ

そっと視線を逸らしてしまった。

なんだか、あの瞳に見つめられると

胸が落ちつかない。

声にした言葉はどこかぎこちないけど

しっかりと伝えることはできたみたい。

そっと後ろを振り返ろうとした。

すると・・・。

ふいに手を掴まれ引きとめられた。







『えっ?』



「・・・知世」



『・・・はい』



「・・・一人で、眠れるのか?」



『ぇ・・・あ・・・』



「・・・・・・」



『・・・・・・』



「・・・私は、一人では眠れない」



『!!』







そう言うと先生はマグカップを

デスクの上に置いて

いつものように私を抱きあげた。

でも、今は横抱きにして。

そして、初めての夜のように

ベッドへと私を下した。

あの夜以来のこのベッドからは

先生の香りがふわりと鼻孔を擽る。

ツキンと胸が痛んで

鼻の奥がツンとする。

悲しくもないのに

何故か涙が溢れてしまいそうで。



そっとベッドへと体を倒され

見上げた先には先生の顔。

部屋の照明はいつの間にか消えて

窓から入り込む柔らかな月光が

先生の顔を照らしていた。

透明感のある光の中の先生は

なんだかとてもキレイ。







『先生・・・』



「・・・もう寝なさい。

疲れた顔をしている」



『・・・先生は?』



「私は・・・」



『先生も、一緒がいい、です』



「・・・ああ、分かった」







苦笑を浮かべながらも

先生はしっかりと

私を抱きしめてくれた。

その温かさに包まれて

私はあの夜と同じように

穏やかな気持ちになる

・・・はずだった。

それなのに・・・どうして?

落ちつかない。

眠れない。

ドキドキが止まらない。

先生の香り、温もり。

間近にある顔、息遣い。

腰と背にまわされた

力強い腕。

先生の全部を感じ取ってしまう。





ああ・・・・・・私。





雷に打たれたように

瞬時に理解してしまった。





私は・・・先生に、恋してる。





そのあまりにも眩し過ぎる夜は

全身で感じる彼のせいで

結局なかなか寝付けなかった。

自分の心を自覚した・・・そんな夜。










to be continued・・・



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