Black Jack

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『・・・・・・お母さん』



「・・・」







仏壇の前で手を合わせながら

小さく呟きが漏れ出た。

隣りに座る先生には聞こえたかも。

それでも何も言わずに

傍に居てくれる。

お線香の細い煙が揺れるのを見て

ゆっくりと居間へと移動した。



出迎えてくれたのは祖母。

祖父は半年前に他界したという。

今はこの家で

祖母と父と姉、それから

父の弟である叔父夫婦の五人暮らし。

今日は皆そろっているとのことで

居間に入れば既に勢ぞろいしていた。

一気に緊張感が高まり

知らず手を握りしめ体が強張っていた。

すると、そっと後ろ手に

先生の大きな手が

優しく手を握ってくれた。

ここに来るまでにも

ずっと、こうして包み込んでくれた。



そう・・・私には先生がいる。

だから、大丈夫。







『あの・・・葬儀に出れなくて

ごめんなさい・・・』



「いえ・・・知世

まず、座りなさい。

話はそれからです・・・そちらの方も」



『・・・はい』



「・・・」







祖母は厳粛な人で

幼いながらに厳しく感じ

でも、他のどの家族よりも

少しだけ私を一人の人として

扱ってくれていたような、気がする。

上座に座る祖母と向いあう

一番遠くの席に座っているのに

真直ぐと刺さるような視線を

痛い程に感じる。







「事情は貴女の父親から聞き出しました」



『・・・・・・』



「兄貴から聞いた時は

正直半信半疑だったんだが・・・

今日知世ちゃんが

その男と来たのを見て

やっと信じられたよ」



「まさか、義兄さんが・・・ねえ。

大変だったわね、知世ちゃん?」







父を責める言葉を紡ぐ

叔父夫婦を見つめながら

こんなにも人の嘲りや嫌悪を

強く感じるとは思わなかった。

この人達の言葉には

父へ対するものを通して

よくこの家に来ようなんて思ったな

という、私への強い負の感情。

一年以上経った今でも

こういうことには敏感になっている様で

言いたいことが何も出てこない。

喉の奥でつまったように

声さえ出せないでいる。







「叔父さん、父さんは悪くないのよ。

いつも迷惑しかかけない知世を

その子の治療費代として差し出しただけ。

何も悪いことなんてしてないわ」



「ああ・・・居なくなった後でさえ

俺達家族を苦しませ・・・

お前の母親が死んだのはなぁ

お前のせいだって、ちゃんと理解しろ」



『・・・・・・え?』



「お前が散々アイツを苦しませ

負担をかけていたから・・・

精神不安定になってしまったんだ」



「そうよ・・・私から母さんを奪って

それなのにっ・・・よくも

のこのこと顔を見せられたわね!」







ああ・・・何も、変わってないんだ。

父からも姉からも

叔父夫婦からも

浴びせられる言葉という名の凶器。

きっと、第三者からすれば

理不尽なことこの上ないのだと思う。

でも、私にはそれら全てを

断ち切る強さも

受け止める勇気も持てていない。

変わっていないのは私も同じなんだ。



膝の上でぎゅっとスカートごと

握りしめて俯きそうになった時。

今まで隣りで何も言葉を発さなかった

先生が急に怒鳴った。







「いい加減にしろっ!!!」



『っ!?・・・先生?』



「いい大人が、年若い娘に

どうしてそんな言葉を投げつけられる。

あんた達のその心情の理解に苦しむ」



「う、うるさい!!

あんただってなぁ、えらそうに言える

立場じゃないはずだ!!

知世ちゃんを手籠にして

酷いことしてきたんだろ!?」



「そ、そうよ!

義兄さん達から聞いてるのよ!!

こんな小娘傍において

散々玩具にしてきたんでしょ!?」



「そうですよ・・・

先生?私が先生にお金をもらいに

伺った時も否定しませんでしたよね?」



『ぇ・・・・・・お、金?』



「それは答える義理も義務もないからだ」



「ふん・・・まあ、おかげで

多額の借金を全額返済できたからな。

概ね感謝している」







そう行った父の顔を見つめ

こんなにも卑しい顔をしていたのかと

どこか他人事のように思っていた。

でも、それよりも

隣りの先生を見上げて

先程の姉の言葉を思い返していた。



先生、お金って何?

お姉ちゃんにお金を渡したってこと?

お姉ちゃんが訪ねてきていたって・・・

私、知らない。



ああ・・・私はまた

自分の知らない所で

迷惑をかけていたんだ。

一番失くしたくない、大切な人に。








to be continued・・・



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