牛蒡夢

□喪失の兆し
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「・・・おい」



『っ・・・』



「はぁ・・・大丈夫だっつってんだろ」



『・・・だって・・・』







メディカルマシーンの中

閉じられた瞳、傷だらけの体。

彼がこんな状態になるなんて

想像もしていなかった。

ううん・・・彼が強いからといって

いつ、どうなるかなんて

誰にも分からない。

今回のような瀕死の状態は

初めてというわけではない。

でも、だからって慣れるはずもない。







『・・・ずっと、待ってるだけで

戦うことのできない私は・・・

心配することしかできないもん』



「・・・・・・・・・悪かったな」



『・・・もう、痛く、ない?』



「痛みなんてもん、はなからねえよ」



『・・・ウソ・・・そんなの・・・

“痛み”って、誰でも感じるんだよ』







滲む視界、溢れる滴を

決して零さないように

懸命に堪えてみせるけど。

だって、彼は今目の前にいて

こうして触れることができて

今だって私の頬を包みこんでくれて。

確かにここにいるのに・・・

この零れ落ちそうな想いは、何?



抱きついた先、目の前の胸元に

幾つもある傷跡。

きっと背中や肩や体中にある。

彼が闘ってきた証拠。

彼が生きて勝ち続けている証。

されど、それは命をかけた印でもある。

そっと触れてみた胸元の傷。

指先に感じるソレは

もうメディカルマシーンでは

癒せない程に刻みこまれている。

傷跡を辿り行きついた左胸に

そっと手を当ててみれば

トクンと生命の音を確かに感じた。







『っ・・・・・・』



「おい・・・・・・泣くな」



『泣いて、ない・・・もん』



「・・・・・・そうかよ」



『うん・・・・・・ぁ・・・』







強がって見せると

何故かきつく腕をまわされ

あっという間に彼の腕の中に

おさめられてしまった。

訳が分からないままに

でも、密着した肌の温もりや

この抱きしめられる力強さは

ひどく安心できて。

余計にユラユラと視界が揺れる。

それでも懸命に堪えていると

彼の大きな手で優しく髪を梳かれ

次には優しく頭を撫でられた。

その仕種があまりにも優し過ぎて。

それが、いけなかったんだ。







『っ・・・ぅ・・・』



「俺は、何も見てねえ・・・」



『ひ・・・っく・・・ぅ・・・』



「・・・ミルク」



『・・・ぅ・・・う・・・』



「ミルク・・・」



『っ、ゃあ・・・見ない、って・・・』



「ああ・・・だから、見てねえだろ」







はらはらと滴を零し続ける私の名を

切ない程に優しく囁くから。

止まらない涙を無視して

彼が私の頬を両方から挟み込んで

無理やりに上げられた視界一杯に

映り込んできた彼。



自分でも分からない。

この涙の意味は何?

命に別状はなくて嬉しいから?

命の危機に晒されたから?

彼が目を覚ましてくれたから?

彼の体に傷跡がまた一つ増えたから?

どれも正解で、どれも違う。







『バー、ダッ・・・ク・・・』



「・・・ミルク・・・

俺はここにいる・・・安心しろ

こんな泣き虫、置いて逝けるはずねえ」



『っ・・・うん・・・

置いていかないで・・・』



「ああ」







ぎゅっと抱きしめられながら

私はちゃんと分かってる。

きっと、私は置いて逝かれる。

彼は私を残して逝ってしまう。

それは遠い未来なのか

近い将来なのか、分からないけれど。

彼は闘い続けて行くのだから。

“置いて逝かないで”なんて

本当は言ってはいけないし

“置いて逝かない”なんて

言わせてはいけない。

全身全霊の拳に躊躇いを

打ち勝つことへ躊躇する

そんな引き金になりうることを

言葉にしてしまってはいけない。



でも・・・もしかしたら・・・

それは、私の元へ戻る為の

“力”となってくれるかもしれない。

この今ある温もりを感じながら

そう信じてみたい。



いつも守ってくれるこの腕の中で。

安心できるこの広い胸に寄り添って。

私はいつか失うかもしれない

恐怖と不安を心の奥底へと

必死に葬りさろうともがいていた。








〜END〜



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