牛蒡夢

□夢見た魚は吐息に溺れた
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水の中をついと泳ぐ魚。

ゆらゆら揺れる水面を見上げ

その向こう側にある世界を

いつも夢見ているの。

きっと、そこにあるのは

まだ見ぬ希望があるはず、と。







「ミルク」



『あ、おかえりなさい!』



「・・・何してんだ?」



『セリパがくれた本を読んでたの』



「本?」







そう言って楽しげに見せてきたのは

ガキが読みそうな絵ばかりの本。

全く興味をそそられないが

ミルクがきらきらした瞳で

俺にも読めと催促してくる。

仕方なしに、パラパラと捲り

そこに描かれる絵を読み進めていた。



内容は、なんてことはない。

水ん中にいる魚が

外の世界に興味を持って

いつかその世界へ行きたい・・・って

そう夢見てるっつう話だ。

それだけだ。



コレのどこが面白いのか。

ガキっぽいとは思っていたが

ミルクがこんなもんに

興味を持つとは思わなかった。

とりあえず最後まで読み

本を閉じて手渡した。







『ねえ、バーダック』



「ん?」



『・・・バーダックは、ね・・・

ココから“外”に出たいなって

思ったこと、ある?』



「外にって・・・

俺はさっきまで外に出てただろ?

遠征から戻ったばっかだっての」



『うん・・・そうだね。

バーダックは・・・大丈夫だね。

一人でも行けるね』



「・・・何、言ってんだ?」



『私も、この本の魚も・・・

誰かの手を借りないと

“外”へ出ることなんてできないよ。

例え、出られたとしても・・・

そこは知らない世界で

呼吸もできずに死んじゃう』







そう呟くように言った横顔が

急に儚げに見えて

この一瞬で消えてしまいそうで。

思わず細っこい腕を引き寄せて

抱きしめていた。

まるで、コイツの存在を確かめるように。

馬鹿げてると自分でも思うが

それでも・・・。

今コイツが重ね合わせた

魚とその世界は、嫌でも理解できた。







「・・・安心しろ」



『・・・え?』



「溺れる時は、一緒に溺れてやるよ」



『ぇ・・・』



「まあ、その前に俺が

掬いあげてやるけどな」



『・・・いいの?』



「何が?」



『もしかしたら・・・

私は、邪魔になっちゃ・・・』



「ならねえよ。

っつうか・・・いい加減気づけ」



『え・・・』



「お前が外の世界で

呼吸できねえっつうなら

俺は、お前がいねえと

呼吸できねえんだよ」



『っ!?』







驚いて目を大きく見開いて

何かを呟こうとしたその唇。

もうそれ以上の言葉は必要ねえから

くいと顎を掬い唇で塞いでやった。

苦しげに喘ぐその声に

こうして酸素を分けあってんのに

苦しくなんのは何でか、って。

らしくねえことを考えてみた。



唇を離すと

ミルクが勢いよく

酸素を取り込みながら

その瞳を潤ませていた。



ああ、苦しいのは・・・

酸素が足りねえんじゃなくて

コイツが足りねえんだな。



魚が水面の向こうを欲したように

コイツが外の世界を憧れたように

俺は・・・ただ、コイツ自身を

強く強く求めている。

それは、手にできそうな程に

すぐ傍にあるってのに・・・

手を伸ばせば伸ばす程

遠のいてるような気がする。

そんな不安にも似た陰りを

振りはらってやろうと

更に深く口づけた。





水の中をついと泳ぐ魚。

ゆらゆら揺れる世界を

いつも夢見ているの。

ほら、すぐそこにあるのよ?

ぽちゃりと飛び越えてみれば

そこは驚くほどに鮮やかで・・・

残酷にも心の音を止めてしまうの。

あまりにも、美し過ぎたから・・・。










〜END〜



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