牛蒡夢

□知らない距離
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遠征から戻ると

ミルクがソファーで眠っていた。

傍のテーブルには洗濯物が畳んであり

途中で眠ったのかと

ウトウトしながら服を畳む

コイツの姿を想像して

思わず笑っちまった。



こんな風に穏やかな喜びも感じる。

それなのに、時々自分でも驚く程に

危険思考に囚われる。

コイツを求める程に強くなるそれは

俺の内なる欲望、なんだと。

嫌でも気づき始めた。

実際にそうしたいわけではない、はず。

もし仮に俺の欲望どおりに

コイツを壊れる程に愛して

壊して、その心の蔵を喰らったとして。

後には何が残る?



コイツはもう俺を見ることはない。

もう、俺に話しかけもしない。

もう、俺に触れることもない。

もう、俺を愛してはくれない。



知れてしまえば

コイツは恐怖に慄いて

俺から離れていくことは

目に見えている。

そんなこと、分かりながら

欲望を満たそうなんて誰が思う?

だから、これは俺の中に留めて

ぐっと抑えつけておくしかない。

決してばれないように

コイツに気づかれないように。







『ん・・・?・・・あ・・・

お帰りなさい、バーダック』



「ああ」



『ごめんね?・・・ん〜・・・

何だか寝ちゃってたみたい』



「お前はどこでもすぐに寝ちまうな」



『え〜、そうかなぁ?』



「・・・なあ、腹減った」



『あ、すぐにご飯つくるからっ』



「おい、んな慌てんな・・・」



『きゃっ!?』



「・・・はぁ」







俺が声をかけるのが遅かったようで

心配したとおり慌ててキッチンへ向かう

ミルクが目の前すっ転んだ。

見事な程に綺麗に前のめりに。

笑っちまうと絶対機嫌を損ねるから

ぐっと堪えながら起こしてやると。

半泣きになりながら

こっちを見上げてきやがった。



ああ・・・まただ。

その目、やべぇんだっての。



こういう瞳で見られりゃ

また、さっき抑えつけたはずのものが

ドロっと溢れてくる。

無意識に険しくなっていく表情。

視線を外してミルクから

離れようとした・・・だが。

頬に温かいものを感じて

はっと気づけば

どこか心配げなミルクが

俺をじっと見上げていた。







『バーダック・・・』



「・・・さっさと飯作れ」



『・・・何か、心配?』



「ああ?」



『不安?・・・それとも、恐い?』



「っ・・・!」



『最近ね、時々そんな顔、してる』







本当にするどいな、コイツ。

結構バレねえようにって

隠してるはずだった。

まあ、ずっと一緒にいるコイツなら

しかも俺を見続けているコイツなら

気づいても仕方ねえのか。







「別に・・・何でもねえよ」



『・・・私が、原因、でしょ?』



「・・・・・・何で、そう思う?」



『私を見てる時に、ね・・・

そういう顔するから。

私、何かしちゃったの?

もしそうなら・・・ちゃんと言って?』



「・・・・・・お前は、何も・・・」



『私、イヤだよ・・・

バーダックが無理してるの。

言ってくれたら、私直すから

・・・バーダックの言うことだったら

何でも、聞くから・・・だから・・・』



「っ・・・何でもなんて

軽々しく言ってんじゃねえよ!!」



『っ・・・!』







お前は知らないんだ。

俺の中に巣食う猟奇的な闇を。

こんなもん、お前に言えるはずがない。

俺だって言いたくもないし

聞いてほしいとも思わない。

頼むから・・・俺をかき乱すな!!

これ以上は、俺も抑えが利かない。



だが、離れようとしても

ミルクの手が振りほどけない。

そんな、コイツに囚われている自分さえ

もうムカついてどうしようもなくて。

そこで・・・プツリと、切れた。



ミルクをソファーへ押し倒して

首筋へいきなりかぶりついた。

瞬時に強張る体が分かったが

それでも、理性が吹っ飛んだ

今の俺には気づかうことなんて

もう、できない。

歯を立てて、白い肌を突き破る

その寸前で留め代わりに

きつく吸い上げ鬱血痕を残した。



顔を上げれば・・・そこには

紫色の痕と立てた歯型が

くっきりと残っていた。

視界に捉えた瞬間に快感にも似た

満足感をはっきりと感じた。

もう、駄目だ・・・。







『ぁ・・・は、ぁ・・・』



「可笑しいんだよ、俺は・・・」



『あ・・・え・・・?』



「お前が欲しい・・・

どんだけ抱いても足りねえ

お前からの想いももらってるってのに

それだけじゃ、満足できねえんだよ」



『・・・・・・』



「ふっ・・・最近じゃあ

お前の心臓を喰っちまうことさえ

考えるようになっちまった・・・

どうだ?こんな俺、知りたくねえだろ」







あまりにも正直に話してしまって

もう、コイツに愛してもらえない。

そう覚悟して・・・

そうなったら、欲望のままに

コイツを壊してしまおう、と。

無意識に手がミルクの首へと

伸びていた。

すると、そっと俺の手に

コイツの手が重ねられた。







『・・・バーダック』



「俺が、恐いか?」



『・・・ううん』



「逃げ出したいんだろ?」



『ううん』



「っ、嘘ばっか言ってんじゃねえ!」



『嘘じゃないもん!!』



「んなわけねえだろ!

俺は、お前を殺してえっつってんだぞ!

なのにっ・・・」



『それで、バーダックが

満足できるなら、良いよ?』



「なっ・・・」



『私の心臓をバーダックが食べたら

・・・そうすれば、私はずっと

バーダックと一緒ってことだもん。

私も、嬉しいよ』



「っ・・・!」



『朝起きた時も、夜寝る時も

遠征に行く時も、死ぬ時まで

もう、離れることがないんだよね。

もう、寂しい想いしないんだよね』



「・・・お前・・・」



『・・・っく・・・

ねえ、こんなに近いのに

まだ離れてる気がするの・・・

どうしてなのかな?・・・ふ、ぅ』







泣きながら俺と同じようなことを

歪な笑顔で呟くミルク。

こんなに触れ合えて

こんなにも体をくっつけて。

それでも遠くに感じるのは・・・。

俺とコイツが一人ずつの人間だから。

どんなにも想い合って

重ね合って、分けあっても

結局は"俺"と"ミルク"という

別々の存在だからだ。

互いの想いが大きくなり過ぎて

愛しさが深まり過ぎて

求めるものがどんどん増えて。



ずっと感じてた寂しさは・・・コレか。



今こうして抱きしめて

腕の中に閉じ込めるコイツを

こんなにも体全部で感じてる。

それが嬉しく思うのに

これだけじゃ足りなくて。



俺も、コイツも・・・

どうすればこの寂しさを

虚しさを、切なさを払拭できるのか。

その術を、知らない。







〜END〜


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