落乱

□弐
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あれから数日。

雑渡さんは相変わらず

毎日私に会いに来て

私に触れていく。

その度に、私は

よく分からない感情に

心を染めてしまい

泣きたくなってくる。



だから、雑渡さんのことを

考えない日はない。

だから、雑渡さんからの言葉を

毎日繰り返し思い返してしまう。



(逃がしやしないから

覚悟しておくんだね)



別に、逃げているわけじゃない。

ただ、信じられなくて。

自分にも自信が持てなくて。

あんなに強くて、背が高くて

魅力的で、素敵な人が

どうして平凡な私なんかを

欲しがるの?

このお城からは出たことがないけど

ここの女中さんを見ても

私よりも可愛い娘や

綺麗な人はたくさんいた。

それなのに、どうして

異世界から来たと言う

怪しい私に好意を寄せるの?







『・・・分かんない』







分からない。

雑渡さんが、分からない。

気持ちも、考えてることも。

からかってるだけなの?

それとも、私が心の片隅で想像した

特別な何かなの?



私が悶々と考え込んでいると

何の気配もなく、その人は

私の体を抱きしめることで拘束した。







「何をそんなに

考え込んでるのかな?桜」



『っ、急にはやめて下さいって

何度も言ってるじゃないですか!!』



「いや〜、そうは言うけど

いい加減慣れてきても良いんじゃない?」



『慣れません!!』



「そうかな・・・」







何でもないように振舞ってみせてるけど

本当は心臓がありえない程に

ドキドキしている。

苦し過ぎて、胸が痛くて

呼吸もままならない。

本当に私はどうしてしまったのか。

そもそも、こんな風に

抱きしめられたことなんて

今まで一度もなかった。

それなのに、この人は・・・。







『あの、そろそろ

離してくれませんか?』



「やだ」



『ぇえっ!?』



「やっと桜に触れられたのに

何で離れなきゃいけないの?」



『だ、だって・・・』



「それに・・・」







言葉を切ると

慣れた手つきで

するっと私の頬に

大きな手を滑らせ。

優しく撫でていく。

まるで、奥底にある何かを

じわじわと引きずり出すように。

私の知らない私を

暴くように。







「君も望んでるよね?」







ゆったりとした動作で

でも、有無を言わせずに

私に実感させるかのごとく

時間をかけながら口づける。

ねっとりと、丁寧にとでもいうのか

とにかく、一つ一つ

彼の舌の動きを覚えさせてくる。



だから、なんだ。



だから、私は次第に

彼の舌に応えるように

同じ様に舌を絡ませていってしまう。

こんなこと、私は望んでるはずない。

それなのに、拒めない。

拒むということが

頭の中から消えていってしまう。







『ん、っ・・・は、ぁ・・・あ・・・』



「・・・いいね・・・

すごく、いやらしくて、そそられるね」



『ふっ、う・・・やぁ・・・』



「ほら・・・口、開けて?

ちゃんと、舌を出すんだ」



『や、ん・・・んっ・・・ぅん』



「くちゅ・・・はぁ・・・

そうだよ・・・くくっ・・・

いい子だね、桜」







言われるがままに唇を差出し

彼を請うように舌を突き出して

彼の生温かい口内へと吸われて。

こんなにも充足感を感じ

ゾクリとした何かで満たされる私は

本当にイヤらしいに違いない。

だって、本来なら

こういうことって

好きな人とするべきことでしょ?

なのに・・・

自分のことを好きか分からない人と

自分が好きなのか分からない人と

こんなにも激しく口づけて。







「・・・どうして泣いてるの?」



『っ・・・こん、な・・・

こんな、の・・・知らな、ぃ・・・』



「・・・ああ・・・もしかして

初めて、だった?最初の時のが」



『っ・・・』



「そっか・・・ふふっ・・・

そうだったんだ・・・

嬉しいよ、桜」



『ぇ・・・』







そこしか見えない右目。

右の瞳の奥が揺らいで

私を一瞬にして捕えた。



粘り気を帯びた水音をたて

私の左耳に温かく、ざらりとしたものが

這う感覚が鮮明で

思わずびくりと体を震わせた。







「桜の大事なものを

手にしたのは私だけなんだよ?

喜ばないはずがない。

それに・・・君に触れたのが

私だけなんて・・・

考えただけで、堪らないよ」







ああ・・・この狂気に満ちた

瞳に見つめられ

ついには、喜びへと変わってしまう。











〜終〜


 

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