落乱

□参
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「大丈夫?桜ちゃん」



『・・・諸泉さん』







私が庭の真ん中でぼんやりと

真っ青な空を眺めていると

諸泉さんが声をかけてくれた。

まあ、どうしたも何も

ただ空を見上げていただけで

そこに何も意味はないのだけれど。

声をかけてしまう程

私の様子はおかしいものだったのかな。







「あ、組頭来てない?」



『っ!!えっ・・・』



「さっきから探してるんだけど

全然見当たらなくて・・・

きっと桜ちゃんのところに

いるんじゃないかなって」



『・・・いえ・・・

私も見ていない、です』



「そっか・・・どこかな、組頭」







雑渡さん・・・。

雑渡さんが私に触れることが

増えてきた。

普段は近すぎる程の距離で

ただ、私を見つめるだけ。

たまに、指先が触れたり

私の髪に長い指が絡んだり。

あの逞しい腕の中に

閉じ込められることも

最近では日常的なものとなっている。

そして、思い出したかのように

少し温度の違う唇で

私に触れてくる。

耳や項、首筋、頬、額。

そして・・・唇。

ざらりとした温い舌が

肌の上を這う感覚は慣れることはない。

味わうような微妙な動きは

私に感じたことのない

何かを与えてくる。



私がここへ来てから・・・一ヶ月。

毎日ずっと触れられて

変えられていく自分が

・・・とても・・・。







『・・・怖い』



「え・・・?」



『あ・・・あの・・・』



「怖いって・・・組頭のこと?」



『!ち、違う・・・』



「はは、分かってるよ。

組頭のお気に入りだもんね

桜ちゃんは」



『ぇ・・・お気に、入り?』



「え?そうだよ?」



『・・・』



「え・・・え?

だって、毎日毎日会いに行ってるし

すっごく忙しいって言ってても

会いに行くことは欠かさないんだよ?

それに、忍務中だっていうのに

桜に会いたい、とか

早く帰って抱きしめたい、とか

桜不足だ、とか言って

周りがうんざりするくらい・・・って

・・・・・・桜ちゃん?」







うん、ちょっと待ってね?

初耳なことがたくさんある。

雑渡さんが私に毎日会いに来てること

他の人、皆知ってるの?

っていうか、忙しい時でもって

仕事中に会いに来てることもあるの?

それは駄目でしょ!!

そ、それに、仕事中に

他の忍軍の方々に

何を話してらっしゃるんですか

あの人はぁあ!!



怒りやら呆れやら照れやら

とにかく色んな感情が入り乱れ

どんどん顔が熱くなるのが分かる。

一体、本当に!!雑渡さんはっ・・・。







『何、考えてるんだろう・・・』



「何って・・・分からないの?」



『・・・うん』



「・・・・・・組頭、お気の毒に。

・・・はぁ・・・桜ちゃん

君は、組頭のこと、どう思ってるの?」



『どう・・・って?』



「だから、組頭が毎日毎日

会いに来てくれて、嫌ではない?」



『ううん。

嫌ではないよ・・・たぶん・・・

むしろ・・・嬉しい、かな』



「・・・本当に?」



『・・・会いに来てくれることは

素直に嬉しいの。

よく考えたら、酷いことされてるって

思うこともあるけど・・・

それでも、最終的には

優しい人、なんだよ・・・雑渡さんは』



「・・・・・・」



『あんなに素敵な人なのに・・・

私みたいな平凡で

ましてや怪しい人間を

どうしてこんなに構うのかなって。

・・・ふいに優しく触れるから

・・・勘違い、しそうになる、の』







そう・・・勘違いだよ。

私のことを雑渡さんが少しでも

想ってくれてるかも、なんて。

そんなの妄想もいいところ。

そんな幻想ありっこない。







「何で、勘違い?」



『っ・・・あんなに、素敵なんだから

女の人なんて選び放題で

周りには私より素敵な人なんて

たくさんいて・・・なのにっ・・・

こんな、毎日触れて、きて・・・

・・・・・・心が、見えない』







雑渡さんの気持ちが見えない。

分からない。

私の気持ちだって分からないのに

自分以外の人の気持ちが

分からないのは当然だよね。

どうして、それがこんなに苦しいの?

どうして、それがこんなに悲しいの?

どうして、それがこんなに痛いの?

どうして、それがこんなに気になるの?

私は、一体・・・。







「好き、なんでしょ?」



『えっ』



「好きだから

心が見えないことが

自分のことを想ってくれてるのか

分からないことが

苦しくて、辛い・・・違う?」



『・・・・・・・・・好、き?』



「うん・・・君が、組頭のことを、好き」



『す・・・・・・っ・・・好、き』







声に出したとたん

それはあまりにもぴったりと

決められていたかのように

私の中ではまった。

もやもやして、ふわふわして

掴みどころのなかった、私の心。

それは、こんなにも単純なもの。



指先が触れた時、触れた場所から

しびれるように電気が走った。

髪に指を絡められると

まるで、髪にまで神経が通っているように

ゾクゾクした。

抱きしめられてしまえば

もう、私の中には雑渡さんしか

なくなってしまう。

触れる唇も、辿る舌先も

交わし合う熱も、全部。

私は受け入れていた。

全てが初めての行為で

それでも、雑渡さんなら良かった。

ううん・・・たぶん、私は

最初から雑渡さんが良かったんだ。



ああ・・・私はどうして

気付かなかったんだろう。

こんなにも大きな想いに。

もう、どうしようもない程に

抑えきれない程に

膨れ上がった、この想い。

私はどうしたら良いの?










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