落乱

□君の瞳に映るまで〜張り巡らせた罠〜
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気付けば視線を向けてしまう。

意識的にも無意識にも。

その姿がなければ

落ち着かなくなる。

その姿があれば

何故か安らぐと同時に

やっぱり、心が落ち着かない。

随分年下で

きっと相手からすれば

こんなおじさんなんて

気にかける程の相手ではないのだろう。

ましてや、直属の上司ともなれば。







『課長、コピーできたので

配布分の資料とまとめておきました』



「ああ、頼もうと思ってたんだけど

さすが、木月だね」



『いえ・・・

これは、会議室へ

運べばよろしいですか?』



「そうだね。

会議は午後からだから

そのまままとめて会議室に置いといて」



『はい』







ニコリと微笑まれ

柄にもなくドキっとしてしまった。

表面には出さず

パソコンの画面を見ながら

木月が出ていく後ろ姿を視界に入れる。

姿が完全に見えなくなったのを確認し

少し時間をおいて自分も席を立った。

向かう場所は決まってる。



午後からの会議を行う会議室は

今は使用されておらず

明りは消えたまま。

ただ、先程資料を運ぶように頼んだ

木月がまだいるようだ。

運ぶだけならすぐに出てくるだろうが

・・・おそらく、人数分を

各席にセットしてくれてるのだろう。

彼女の仕事ではないのだが

言えば「ついでですから」とか

「手の空いてる人がする方が

効率良く仕事が進められます」なんて

返してくるに違いない。

でも、そういう些細な気遣いは

とても好ましいし

何より彼女の人柄を思えばこそ

そこに優しさをしっかりと感じ取れる。



すっとドアを開けて中へ入ると

案の定、彼女が資料を

セットし終えたところだった。

突然、上司が入ってきたので

驚いたのだろう。

彼女には珍しく

手に持っていた幾つかの資料を

足元にばら撒いていた。







「大丈夫?」



『は、はい!

すみません、大事な資料を・・・』



「いや、私もノックもなしに

急に入って驚かせてしまったからね。

誰もいないと思ったからつい、ね」







よく言う。

いる、って分かって入ったに決まってる。

でも、純粋な彼女は

私のこの言葉を信じるんだ。

現に目の前では柔らかい笑みで

「そうですか」って。

気の抜けそうなその笑顔。

でも、心が温まるその笑顔は

できることなら・・・

他の男には見せてほしくない、なんて。

恋人でもない私が

口にできるはずもない。



ばら撒かれた資料を一緒に集め

テーブルの端にまとめて置く。

その時に触れた互いの指先。

僅かなそれに、またドキっとして

ふと彼女を見つめると

自然を装いながら引き離された指先と

対照的な程に赤く染めた頬。

それでも、自然に振舞う彼女だが

その小さな変化を見逃すはずがない。

ほんの僅かにでも隙があると分かれば

そこへ付け入らない理由なんてないだろう?







『では、私は戻ります・・・っ!』



「・・・木月」



『っ・・・課長?』







私の横をすり抜けようとした彼女の腕を

やんわりと、でも振りほどけない程度の

力をもって掴んで引きとめた。

驚きに一瞬見開かれたその綺麗な瞳が

今は不安気に揺らしながら

私をじっと見上げてくる。

表情にも緊張と不安が溢れていて

沸々と湧き上がる加虐心を

煽ってくるのだから・・・本当に。







「ふっ・・・無意識だからこそ

始末に置けないね〜」



『え?』



「ん?いや、こっちの話だよ」



『ぁ・・・か、課長・・・あの・・・』



「ねえ・・・桜?」



『!!・・・ぇ、何、で・・・』



「これから、二人の時は

名前で呼び合うんだ・・・いいね?」



『なま、え・・・?』



「そうだよ・・・

私の名前、呼んでみて」



『っ・・・そ、そんな・・・』



「名前が呼べたら、戻っていいよ」



『っ・・・』



「・・・桜」







体を寄せて、耳元で甘く囁く。

さっと耳が朱色に染まる様は堪らない。

ああ・・・本当なら

もっと虐めて、啼かせてみたいところだが

まだ、その段階ではないからね。

まずはもっと私を意識してもらわないと。

その心に私という存在を

定着させなくてはいけない。

だから、これはその第一歩だ。







『・・・な・・・ん・・・さ、ん』



「・・・聞こえないよ」



『っ・・・こ・・・な・・もん・・・』



「ほら、もっと大きな声で言わないと

私には聞こえていないよ」







寄せていた顔に

すっと潤む瞳で私を一瞬見つめると

そっと耳元に唇を寄せてきた。

そして・・・。







『・・・昆奈門、さん』





















ああ・・・口角が上がるのを抑えられない。

愛らしい声で、寄せられた唇から洩れる

甘い息遣いが、本当に堪らない。



よくできました、と

そっと髪を優しく一撫でして

掴んでいた腕を放すと。

逃げるかと思いきや

名残惜しげに私を見つめ

「失礼しました」と

足早に出ていった。



うん、まずは上々のスタートだ。











お題:「確かに恋だった」 想い隠し切れない5題より

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