落乱

□瞳に映ったその後は〜その奥、深くまで〜
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柔らかく微笑むその表情を

どうして君は私以外にも向けるのか。

私に対してはその柔らかさに

恥じらいや色欲を含ませたものへと

変わることは知っている。

だが・・・そんな風に

笑顔をむやみやたらと振りまく必要が

一体どこにあるのだろうか、と。







「常々思ってるわけだよ」



『・・・そう、言われましても・・・』







二人きりの資料室。

棚へと桜を追いやって

少々愚痴ってみたり。

彼女が意図的に

そうしているわけではないことは

知っているし、分かっている。

だが、それでも

彼女にそんなつもりはなくとも

馬鹿な男共は彼女の事務的な優しさに

魅かれて勝手に「特別感」を

妄想してしまうんだ。

妄想だけならまだ良い。

そこから、実力行使されて

果たして彼女は自分を守れるのか・・・

そもそも、自分の彼女が口説かれるなんて

そんな不愉快極まりないこと

私が許すとはずないでしょ・・・?







「前々から思ってたんだけど

桜は自分のことを

分かってなさ過ぎだよ」



『え・・・』



「あのね、君が思う以上に

君は社内で結構人気があるんだよ」



『そんなこと・・・』



「私はずっと見てたから

よく分かってる・・・

男の親切には必ず裏がある

疑うくらいが調度良いんだよ

・・・素直に受け取る必要はない」



『そんな誰も彼も疑うなんて・・・

そんなこと、できませんよ?』



「・・・正直な話

私にも全幅の信頼を向けてるでしょ?

それもね、駄目だとは言わないけど

その内、無理やりにでも

食べられちゃっても知らないよ?」







実のところ、桜が泊まりに来た日

そのまま・・・何もなかった。

急な仕事のトラブルで

夜に呼び出されて朝方に帰宅した私を

桜が笑顔と美味しい手料理で

出迎えてくれた。

それはとても喜ばしいことで

疲れも一気に吹き飛ぶくらいの

効果絶大ものだ。

しかし、それも"くらい"ということで

全く疲れが無くなるはずもなく。

歳には勝てないのか・・・

というよりも働きづめなせいだ。

その後、桜を抱き締めて

ベッドに倒れ込んだところまでは覚えてる。

次に目を覚ますと眠る桜を

抱き込んでいた。

あのまま寝ていた。

何もせず。

窓の外を見ると、もう夜で。

しかも翌日は朝早くから会議。

そんなの・・・無理なんてさせられないし

帰らせる他無いでしょ?

荒ぶる後悔を胸の奥底へと

無理やりに沈めて

紳士に車で送り届けた自分を

自分で褒め称えていると・・・。







『ありがとうございました。

あの・・・昆奈門さんって

やっぱり優しくて、大人なんですね』







すぐに手を出さなかったことへなのか

単に送り届けたことへなのか

仕事への気遣いの部分を指してなのか

もう分からないが。

それでも、そんな全くの疑いもなく

真っ直ぐに見つめ言われると

何だか私の考えてる全ての穢れたことを

見せたくないような気にもなる。

でもね、それでも

いい加減我慢の限界で

紳士の仮面も剥ぎ取りたくなっている。



今言ったことも理解してくれたのか

よく分からない現状に

小さく溜息が洩れた。







『あ、あのっ・・・』



「・・・何?」



『昆奈門さんのこと

信頼してはいけないんですか?』



「・・・さっきも言ったけど

駄目とは言わないよ。

でも、幾ら恋人だからって

私の全部を信用して

ほいほいついてきてたら

・・・痛い目見るかもよってことだよ」



『痛い、目・・・ですか?』



「そう」



『・・・それは、いけないことですか?』



「え?」



『私は・・・昆奈門さんのことだったら

何でも良いと思ってるんです。

それが、痛いことでも辛いことでも

悲しいことでも・・・

楽しいこととか嬉しいこともですけど

昆奈門さんからもらうものは

どれも全部私にとって特別なんです

・・・だから、そういうもの

全部、欲しいって思ってるんです』



「・・・」



『す、すみません・・・

欲張り、ですよね?』







ああ・・・もう、本当に。

全部分かってるのだろうか。

それはつまり、私にされる事なら

何でも受け入れると。

そういうことなのか。

全くもって私が言ったことを

理解していないんだろう。

桜が考えるような程度のことを

言ってるわけじゃないんだけど。

私が言ってることは

君の全てを独占して掌握しなければ

気が済まなくて。

私の忠告を聞かずに

受け入れてこの胸に飛び込んで来たなら

どんなに拒んで否定しても

泣き叫んでも・・・

もう、離してなどやれない。

そういうこと、全然理解してないでしょ?



そんなこと言ったところで

距離を置かれても

離れていかれても困る。

まあ、今更逃がしやしなけど・・・。



ほんのり頬を染めながら

少し眉を下げて瞳を潤ませて

見上げてくる桜は

ソレと知らずに私を見つめる。

君がそう言うなら・・・

ほんの少し、見せてみても良いだろうか。





















あえて見せつけてみると

一気に真っ赤に顔を染めた。

ああ・・・これは察せられるのか、と。

そのまま、ネクタイを抜き取って

桜の細い左手に巻きつけながら

右耳にフゥっと息を吹きかけた。

びくっと体を震わせたのを確認して

耳朶に口づけながら

すんっと香水でもシャンプーでもない

彼女自身の香りを感じた。

くすぐったそうに身動いで

絡める指に力が込められた。







『やぁ・・・昆奈門、さん』



「君がいけないんだよ、桜」



『え・・・んっ・・・』



「だから言ったでしょ?

桜が思う程

私は優しくなんてないんだよ」



『っ・・・そんな、こと

ないです・・・』



「どうして?

君のこと、食べようとしてるのに?」



『だって・・・嫌、じゃない、から

・・・昆奈門さんになら・・・

食べられたい、です』



「・・・桜、初めてでしょ?」



『えっ!?・・・何でっ・・・』



「あのね、付き合うのが私が初めてで

今までの態度とか男慣れしてないのとか

様子を見てたら分かることだよ」



『・・・嫌、です、よね』



「嫌なはずないでしょ・・・

好きな人の初めての相手なんだよ?

まあ、最後の男にもなるつもりだけど」







流石に初めての場所が

こんな所というのは無いのから。

今はここまでに留めるけど・・・

次の機会を待っているなんて

もうしないから。

無理やりにでも機会を作らせてもらう。

だから、覚悟してもらわないと、ね。













お題:「確かに恋だった」 エロくないけど5題より

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