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□ひらり舞う仄香
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目の前の背中を見つめて

トクリという心の音を聞く。



陽の光透ける銀糸の髪

私よりも背の高くなった彼は

その歩幅を私に合わせてくれて

そんな細やかな優しさが

胸を温かくする。

以前から私への気づかいには

目を瞠るものがあったけども

今も変わらないその気づかいは

より自然なものとなっている。

繋がれている大きな手も

いつの間にか私の手を

包み込んでしまうようになって。

左手の薬指のリングを貰って

あれから五年。

玉龍は本当に成長して

私を追い越してしまったようで

こちらが焦ってしまう。



急に足を止めた玉龍にならって

私も立ち止まり問いかけた。







「どうしたのですか?」



「・・・雨が降る」



「え・・・雨、ですか?」







見上げると真っ青な空。

一見して雨の気配なんて

全くないように思う。

普通ならば。

でも、玉龍がそう言うのなら

きっと幾刻しない内に

雨は降るのだろう。

未だに水に関しては

敏感に感じ取ることができるから。







「困りましたね・・・

まだ、次の村までは

少しあるみたいですし」



「玄奘」



「はい」



「こっち」



「え・・・きゃっ!?」







指示された方を見るのと

ほとんど同時に

ぐいっと引き寄せられて

横抱きに抱えられた。

小さく悲鳴をあげるも

玉龍は私を抱えたまま

先程示した方へと

急ぎ目でかけて行く。

その先には小さな岩場があり

雨宿りにはちょうど良さげだった。

その岩場の中へと入り込むと

玉龍はゆっくりと下してくれたが

その瞬間、玉龍の背後に見えたのは

叩きつけるかのような雨。







「すごい、雨ですね」



「うん・・・急がないとって

思ったから・・・

急に抱えて、ごめん」



「いいえ・・・

ありがとうございます」



「・・・・・・」



「?・・・玉龍?」



「玄奘」



「どうしました?」



「ん・・・玄奘、また、痩せた?」



「え?」



「昨日の夜、触れた時も

細くなったように思ったけど

今も抱えたら軽くなった気がする」







心配げな表情の玉龍だが

その口から放たれた言葉に

私は体を固めたまま

口をただ開閉させるしかできない。

抱えたことに対しては良いとして

昨夜のことを持ちだすなんてっ!







「玄奘?」



「な、何てことを言うんですか!」



「絶対に痩せてる・・・

毎日見て、触ってるから分かるよ」



「っ、だ、だからっ・・・

そ、そんな、恥ずかしいこと・・・」



「・・・何が恥ずかしいの?」



「何が、って・・・」



「・・・ん?」



「・・・・・・・・・」







赤くなり焦りながら玉龍を見つめると

その表情は先程と打って変わって

どこか楽しそうというのか

嬉しそうというのか

優しげに微笑んでいて。

最近の玉龍によく見る表情で。

こういう時は大抵

私の反応を楽しんでいるのだ。

その度に私は拗ねるしかできなくて

玉龍は私が恥ずかしがる理由を

ちゃんと分かってるのに

こうして反応を見る為に

わざと昨夜を仄めかしている。

絶対にそうとしか思えない。







「もう、知りません!」



「玄奘・・・言ってくれないと

僕、分からないよ」



「そんな言葉に騙されません。

分かってますよね?

私が、どうして恥ずかしいのか」



「・・・本当に分からないんだ」



「・・・・・・」



「玄奘・・・教えて?」



「っ・・・・・・」



「・・・玄奘・・・

教えてくれないと

謝ることもできない」



「・・・ずるい、ですよ」







本当に、玉龍は成長した。

色んな意味で。

こんな風に私を上手に扱うなんて

以前の玉龍ならありえなかった。

あの頃の可愛い玉龍は

一体どこへいってしまったのか。

でも・・・どんな玉龍でも

玉龍は玉龍だから。

今の玉龍が私の大好きな人。



照れながらも身を寄せて

屈んでくれた玉龍の耳元に

そっと顔を寄せて呟いた。







「安易に・・・その・・・

よ、夜の、ことを・・・

仄めかさないで、ください」



「・・・今は、僕と玄奘の

二人だけ、でしょ?それでも?」



「っ・・・は、恥ずかしい、です」







素直に気持ちを告げたのに

玉龍からの返事がなくて。

今ので分かってくれたのか

些か自信もなくて

少し身を離して伺い見ると

視線がバチッと合った。

一見すれば特に表情なく見えるけど

私にはすぐに分かった。

いつもは静かな湖畔のような瞳が

その奥にチラチラと焔を

散らつかせ始めたことを。



一歩後ろへ下がったのに

私の体は離れることなく

腕をとられて

そのまま抱きしめられてしまった。

身動き一つできない状況に

頭はついていかず

心臓がばくばく鳴っている。







「玄奘・・・心臓、すごいね」



「あ、の・・・玉龍・・・」



「大丈夫」



「え・・・」



「さすがに、こんなところで

しないから・・・安心して」



「っ・・・」



「でも・・・コレくらいは

許してね」







これくらい、と

私の体を腕の中に閉じ込めて

熱い熱い、口づけが繰り返される。

幾度も、深く、貪るように。

舌が絡みあう激しいそれを

止めてくれたのは

激しかった雨がからりと上がった頃。











〜end〜


 

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