すきって言って?
□それに込めた意味
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夏休みが終わる。明日からはまた学校が始まる。そんな日だった。
俺は兄貴の連れ込んだ女の香水が嫌いで、コンビニまでふらふらと出ていた。
葉月の意地の抵抗か、今日もやたらと暑い。
「はぁ‥そろそろかな」
女はいつも、1時間も居ないから。携帯を開けた俺は、時間がそれをとうに過ぎていることを確認し、また灼熱の太陽の光を浴びた。
手には買う予定のなかった雑誌と、消臭剤。くわえたアイスはもう汗をかいている。
口をついて出るのは、この暑さの感想のみ。
「あれ?」
家の前に、女が立っていた。カンカン帽子に長いスカート姿の女。その視線の先は、兄貴の部屋があるところあたりで。
俺は、声をかけようかどうしようか迷っていた。だって、俺はこの人を知っているけど、きっとこの人は俺を知らない。
……そう。この人は、兄貴の見ていないところではいつもこんな顔をする。悲しそうで、辛そうで、泣き出してしまいそうな。そんな顔。
「あの‥」
立ち尽くして、見とれてた。炎天下の中に凛と響く、綺麗な声をかけられて。飛んでいた魂が戻る。
「この家の方‥ですか?」
「はい」
「弟さん‥?」
「……はい」
そう答えると、この人は眉を下げたまま、柔らかく笑った。
「これを‥あの人に渡してもらえませんか?」
差し出されたのは、シンプルな銀色の指輪だった。
この人は言った。もう携帯も変えてしまったと。連絡手段は無いと。だから、これを返せば、兄貴はその意味が解るからと。
最後にもう一度、兄貴の部屋を見上げたこの人。
背を向けて、去って行った。
「おぅ、俺のアイスある?」
あの人の背中が見えなくなり、俺は玄関の扉を開けた。すると、タイミング良く階段を降りてきた兄貴。
「ん」
俺は握り締めていたそれを、ぶっきらぼうに差し出した。
「何だよ無愛想に」
俺の嫌いな臭いさせやがって。ヘラヘラ笑いやがって。
なんだか自分でもよく解らない感情が、ふつふつと……込み上げてくる。