すきって言って?
□雪解けの春
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月が光っていた。霞んだ寒空からただずっと、窓際の、光らない小さなもみの木を照らしていたんだ。
上弦を迎えたその月は薄く衣を纏い、虹色の涙で辺りを染めながら、悲しそうに目尻を下げた。
プー、プー、プー‥
部屋に微かに聞こえるのは、通話の切れた音。ディスプレイの照明が消えてもまだ開かれたままの携帯電話が、耳から離れ、そして滑り落ちた。
「、っ」
次の瞬間、彼女は走り出していた。そこらにあった鞄とコートをひっつかみ、携帯を拾って玄関の扉を勢い良く開ける。
切らした息は白く凍りつき、防寒を忘れた手は悴んでいたけれど、彼女にはそれを気にしている余裕はなかった。大切なものの為に、急いていたからだ。
やがて着いた駅のロータリーには、一足先に聖夜を祝った客を待つタクシーが、綺麗に列を組んでいた。
「お願いしますっ」
「どこまで行くの?」
目的地を伝えると、彼女の切迫感を読みとったのか、運転手はキリッと頼もしい顔つきになって車を出す。そして、
「きっと大丈夫だよ」
バックミラー越しに微笑んだ運転手の顔。それを見た彼女のオーラが、少しだけ柔らかくなったように思えた。
目をきつく瞑りながら。胸の前で手をきつく組みながら。彼女は必死に祈る。
「どうか、神様‥」
雲が紺色の空を覆い、月だけが顔を出している今宵。針が頂点を迎えれば、一年で一番煌びやかな夜のはずなのに。
白髭の神の使いが、赤い服を着て地に降り立つ。彼らは、彼女の願いを聞き入れてくれるだろうか。彼女の望むプレゼントを用意してくれるだろうか。
月は変わらず、心配そうに虹色の涙を零している。