すきって言って?


□旋律の向こうへ
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 −−‥音?
 違う。メロディー‥

「これで引っ越し作業完了になります」
「ありがとうございました」
「じゃサインを‥」

 パタンと閉まるドア。静かになった独りきりの空間に小さく響く、美しいピアノの旋律。

「お隣さん‥かな?」

 微かな音を辿って、ベランダに出てみる。

「優しい音‥」

 この曲、知ってるわ。有名な、オペラの曲。

「オペラ座の怪人、か」

 太陽が元気に眩しくて、この街がキラキラして見える。

「お隣さん、どんな人だろ?」

 まるでメビウスのように繰り返し奏でられる旋律は、どこか少し、悲しげに聞こえた。

「エンジェル‥オブ、ミュージック」

 何故か心が浮き立って。ベランダの縁に肘を乗せ、キラキラした初めての街を見下ろしながら。

 私は静かに、声を重ねた。

 「‥Angel of music guide and guardian grant to me your gloryーー」

 静かなピアノの音に合わせて、ゆっくりと口ずさむ。

 すると突然、音が止まった。

「あれ? 歌‥聞こえちゃったかな?」

 ポーン……

 その単音は、まるで、私のキーを確かめているようで。

「あーーー」

 それに合わせて、声を出してみる。すると‥

「あ、鳴り始めた」

 再びプレリュードから始まった曲。
 なんだか楽しくなって。

「Angel of music guide and guardian grant to me your gloryーー‥

Angel of music hide no longer come to me, strange angel……」

 ガラララッバンッ!!

「今の、君っ!?」
「えっ!」

 ワンフレーズ唄い終わった時、物凄い勢いで開かれるドアの音がした。

 そして、うちと隣を遮る板の向こうから、ヒョコッと顔を出したのは‥

「聞いてる? ねぇってばっ」

 寝癖がピョコンピョコンしてる、同い年くらいの男の子。

「ちょ、家に来て」
「え?」
「はーやーくー」

 そう急かした男の子は、隔てる板をくるりとはずして道を作った。

「って! はずれんのかいっ」
「まぁ、避難経路だし」

 ベランダからお邪魔してすぐに、射し込んだ太陽をキラキラと反射させる大きなピアノがあった。

「もう1回、唄って?」

 彼の無邪気な笑顔に、何故か心臓がドキドキとうるさい。

 彼がピアノの前で手をかざせば、ほら。


 “光”が奏でられる。


 あー‥駄目だ。

 ドキドキしすぎて、唄えないかも。





おわり





 
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