BAND FEAVER!! (部活もの)

□第1章 仮入部のアルエッティ
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どこか聞き覚えのあるその生徒の名前を
繰り返し脳裏で反芻するうち、
やがてその名の持ち主である黒髪の青年の
慎ましい笑顔が思い浮かんできた。

隣のクラスに在籍しているのだから
日々学園のどこかしらで顔を合わせていても
まったくおかしくはないのだが、
何故かここ数ヶ月姿を見かけていない
あの謙虚で大人しい青年だ。





確かに彼の物腰柔らかな容姿には
あの繊細な音色を奏でる楽器が相応しく思え、
彼が懸命に楽譜を目で追いながら練習する様も
簡単に想像することができる。

しかし彼の少々真面目すぎる性格は
必ずしも良い結果を生むとは限らないようで、
その努力が裏目に出てしまったのは
惜しくも演奏会の1ヶ月前だったという。























「幸い怪我は全治3週間だったから
割とすぐ復帰することはできたんだけど……
いくら遅れを取り戻そうと必死になったって
2週間でどうこうできるわけないよね?

結局、菊はあんまり納得がいかないまんま
本番を迎えることになっちゃって―――」






















遠慮がちに首を振り、細い溜め息を吐きつつ
憂いを帯びた微笑で語り続ける傍らの青年。

沈黙したまま傍聴に徹するアルフレッドだが、
その心中は佇む屋上の麗らかな景色とは裏腹に
歪に淀んだ曇りに覆われていくようだった。























「それで……定演はどうなったんだい?
それだけ頑張ったんだ、きっと上手く―――」



「ううん―――
案の定、大失敗しちゃって。
予想してた中でも最悪の結果だった。

やっぱり現実って厳しいなぁって思ったよ。
菊は控え室に戻った後もすごい落ち込んでて、
とても声をかけられる感じじゃなくてさ。





俺もルートも、菊の一番そばにいたはずなのに
元気づけてあげることすらできなかった。

『十分がんばった』とか『次は大丈夫』とか、
そういう在り来たりな励ましでなんとか
隙間を埋めようとした。 なのに……



俺達はそんな無責任な言葉が、
一番あいつを傷つけてたってことに
ぜんぜん気づけてなかったんだ。

あいつにとってのゴールは“成功”以外の
何物でもないってことを知ってて……
それを果たせなかった悔しさから目を逸らして
ただ肩を叩いてただけだった。






















今ではさ、一番責任を感じてたアーサーが
菊を慰めようと掛けた一言が……

すべての引き金だったのかなって思うんだ」






















―――今度の冬コンで、リベンジだな。






















「……冬コンってのは、クリスマス辺りにある
冬季の自由参加型のコンクールのこと。

まだまだチャンスはあるって意味で
何の気なしに言ったんだと思うけど、
目の前のショックで手一杯の状態なのに
先のことなんか考えられるわけないよね?



菊はそれを本当に真面目に受け取って。
冬までに物にしろって言われてるんだと思って
誰にも言わずに悩んで悩んで……

もうそのソロどころかその課題曲、
さらに言えば楽器を吹くこと自体すらも
辛いことに変わってたんだと思う。



言ってる方には悪気はないんだろうだけど
やっぱりタイミングが良くなかったと思うな。

結局それが追い討ちになっちゃったらしくて、
その月の終わりごろには―――」






















……その青年―――本田菊は、
断腸の思いで部を去った。

仲間の引き止めにも耳を貸さず、
愛用していた楽器をも部室に置いたままで。






“もう自分に上は目指せない”―――
彼が部員達に残した最後の言葉だったという。























「…………信じられないんだぞ……。
楽しむためにあるはずの音楽で
そんなに追い詰められる奴がいるなんて……」



「きっと、感じる人次第なんだと思うよ。
特に菊とかその周りの人たちって
周囲からの評価を気にすること多かったし。



コンクールとかで評価されて初めて、
自分たちの頑張りが成就したって思える。
日々の練習はそのための踏み台でしかなくて
成果が出せなかったら意味がない。

それはきっとルートやアーサーも
少なからず持ってた基準だと思うから……





確かにただ遊び半分で続けてるだけじゃなくて
時にはちゃんと周りから批評の目を浴びて
技術を高めるのも大事だけどさ。

それが本命っていうか“全て”になってたら
もう楽しむも何もなくなっちゃうじゃん?



俺はそういうの少し悲しいなって感じるけど、
アルフレッドはどう思う?」



「―――……!」






















唐突に意見を求められ、アルフレッドは
少し肩をびくつかせて顔を上げた。

フェリシアーノの澄んだ瞳は紛うことなく
真っ直ぐに自分の目を見つめている。





……正直なところ、当惑した。

そのように筋の通った哲学を持って
自分が直面するあの部について考えたことなど
はっきりいって皆無に近かったのだ。



目の前の青年が見かけによらず深い観点で
例の問題を見ていたことに驚いたのもあるが、
それ以前に彼自身の“音楽観”を問われても
どう答えていいやら見当もつかない。























好きなように奏でて、好きなように歌い倒して
満足できればそれで十分じゃないか。



かつて堂々とそう豪語していた過去の自分を
そのまま持ち出す勇気が出ない。

そんな浅はかな意気が通用するほど、
この世界は単純でも軽薄でもなかったのだ。























「…………アルフレッド?」



「……あ……そう、だな。 俺は―――



確かに菊たちの気にしていた通り
誰かから認められるのは大事なことだし、
それを目標にして高めあっていくのは
決して悪いことじゃないと思う。

けど……それだけをやり甲斐にやっていくのは
俺だってちょっと嫌だし辛いよ」



「そうかー……やっぱりそうだよね。

それをあの時ハッキリ言ってくれる人がいたら
俺達はバラバラにならなくて済んだのかな」






















膝を抱えて顔をうずめた、力ない言の葉が
うっすらと雲のかかった青空に昇っていく。

そよ風に錆びた鉄柵が晒され、真上に浮かんだ
春先の太陽に反射し赤茶けた影を落とす。





フェリシアーノの口ぶりから察するに、
彼自身は部活を抜けてきたことに関しては
若干の後悔をも覚えているようだ。

事実として活動を楽しんでいたようであるし、
やはり少し心残りだったのかもしれない。






















しかしそんな時、ぼんやりと話を聞いていた
アルフレッドの脳裏にある考えが浮かんだ。



青年の語った状況からして、
菊を気遣って特に仲の良かった彼を含む二人が
同時に部を退くのは至極もっとも考えやすい。

同情が先立って行動を決したのだろうが
その制約も無くなった今ならば、あるいは……























「あ……あのさ。
その言い方からして、君自身はあの部活を
辞めたくて辞めたわけじゃないんだろ?

逆境に耐えられなくなった仲間を労わるために
連れ添って抜けてきたって言われてたし」



「え? あぁ……うん、それはそうだけど」



「じゃ―――じゃあさ、君はもし機会があれば
部活を再会する気になれるって事だよな?

嫌々辞めたってことは、チャンスがあるなら
戻ってくる気が無いわけじゃない、そうだろ」



「う……うん。 まったく無くはない、かな。
でも―――」























「よし! それならさ、君も俺と一緒に
もう一度部活を始めてみないかい?」



「えっ―――!? ……俺、も?」



「ああ、そうさ!
君だって戻る気がゼロじゃないなら
この機会に思い切って心機一転してみるのも
悪くないと思うんだよ。

折角やる気があるのに引っ込んだままじゃ
もったい無いじゃないか」























突然に誘いの言葉を受けて戸惑いながらも、
青年がまんざらでもなさそうに俯くのを見て
アルフレッドは心の中でガッツポーズをする。

たった一人でその危機的状況にある部活へ
否応なしに放り込まれてしまうよりは、
以前の内情に詳しい同僚が居てくれたほうが
よっぽど居心地が良いだろうと踏んだのだ。



幸い彼はあのルートヴィッヒという青年より
性格からして押しに弱そうだ。

このまま上手いこと巻き込んでしまえば
今後の心配も少しは減るかも知れない。






















「え…… けど俺は…………」



「大丈夫だって! きっとアーサー達も
君なら歓迎してくれると思うぞ?

昨日やって来た時だって普通に接してたし
君も当たり前みたいに馴染んでたじゃないか」



「だ、駄目なんだ――― 俺には無理だよ」



「そんなこと言わずにさ、ちょっと勇気出して
踏み出してみるだけでいいんだよ!

残りの仲間だって君が活動してるのを見て
やる気になってくれるかも知れないぞ?」



「………………だめ、だよ」



「心配ないさ、ここが意気の見せ所だよ!
思い切ってジョイナスしてみようじゃ―――」























「―――……駄目だよ!!」



「……!?」























突如、隣に座る青年の両肩が跳ね、
想像だにつかない鋭い声が耳朶を打った。



反射で身を強張らせて口ごもる青年を横目に、
彼は何度も頭を左右に振って叫ぶように言う。

その口調は今まで聞いた事がないほど激しく、
また底知れない怒りのような激情に縁取られた
一種の強い覚悟が伺えるものだった。























「駄目だよ……その誘いにだけは乗れない。

二人を差し置いて俺だけ戻るだなんて―――
ルート達が許しても俺が許せない!



俺達は三人一緒じゃなきゃいけないんだ。
お互いを一番理解してる、分かちあえる、
信頼できる三人でないとやっていけないんだ。





菊の辛さを和らげてあげられなかった報いに
俺達は菊に付き添ってあの場所を退いた。

その思いを心機一転とか、そんな簡単な理由で
帳消しにすることなんかできないよ」



「―――フェリシアーノ…………」























「もし……俺を部活に引き戻したいならさ、
俺とルートと菊、三人一緒でじゃないと嫌だ。

そうじゃなきゃ俺はあそこに戻れないし、
それ以外の条件で戻る気なんかない。



……でも何か困ったことがあったら
話ぐらいは聞いてあげられると思うよ。

ごめん――― 部員集め、がんばってね」



「………………、」






















それだけを口早に言い切り、青年はおもむろに
鉄柵を掴んで立ち上がると出口へ向かって
すたすたと振り向きもせず歩いていった。

アルフレッドは声を掛けることもままならず
唖然としたままその背中を見送るだけだ。





……自分に課された任務は、思っているより
ずっと困難で厳しいものなのかもしれない。

そんな思いが今更になって繰り返し繰り返し、
忙しない思考の中を埋めていった。






















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