BAND FEAVER!! (部活もの)

□第1章 仮入部のアルエッティ
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……時は少し遡り、その日の昼過ぎ頃。






















「ふぃ〜…… やっと片付けも終わったし、
どうにか新しい月も乗り切れそうっすね」






















新しい寮の部屋を満足げに見渡し、
艶のいい茶髪を赤いリボンでまとめた少女は
戸口に立つもう一人の少女を振り返って
満面の笑顔でそう声をかけた。



新学年が始まるということで男女を問わず
一斉に寮の部屋を入れ替えることとなり、
たった今その作業がかなりの紆余曲折を経て
完了したばかりという次第である。

去年の暮れに転校してきた彼女にとって
これがこの学園で迎える最初の春であり、
爽やかな初春の気候も相まってか
現在の彼女の機嫌は最高潮を喫していた。





そんな彼女の晴れやかに澄んだ声を受けて
廊下に立つ少女も二、三度頷いて同意する。

女子にしては少々短めに切りそろえた金髪と、
片耳のそばに寄り添うようにして佇む
淡い紫のリボンが小さく揺れている。























「ええ、そうですわね。

エリザベータさんはもう新しい教室のほうを
覗いてくると言って行ってしまわれましたわ。
私たちも向かったほうがよろしいと思います」



「それもそうっすね!
それじゃ早速行ってみるとしますかー。

エミリアちゃん、部屋の片付け手伝ってくれて
どうもありがとっす!」



「礼には及びません、私も去年はいろいろと
セリアさんのお世話になりましたから」



「え……えへへ〜、
別にお世話ってほどでもないですけどねー」






















小さなハタキを片手に微笑む少女の言葉に
照れくさそうに頭を掻いた茶髪の少女は、
頭に巻いていた三角巾をほどくと
二人で連れ添って女子寮を後にする。

目指すは二階の渡り廊下の対岸に位置した
彼女らの新たな学び舎となる教室だ。



数ヶ月経ってようやく慣れ親しんできた
歴史を感じる校内を巡り、たどり着いた先に
少女たちは旧友の姿を認めて足を速める。






















「あ、エリザさ〜ん! こんにちはっすー!」



「あら! 誰かと思えばセリアじゃない。
もう部屋の片付けは終わったの?」



「はい、エミリアちゃんが手貸してくれたんで
思ったより早く終わったんすよー」



「新しい教室がどんな様子なのか見てみようと
思って来てみたのですわ。
エリザベータさんも仰っておられましたし」



「そういうことだったの。

私達、今年はとってもラッキーみたいよ?
見ての通りピッカピカの建て増し区域!
向かいの旧校舎とはすごい違いだわ」



「うっわー、確かに壁とか真っ白ですもんね!

確か向かいの教室に割り当てられたのは
ヨーロッパ男子クラスでしたっけ?
あの人たちも哀れなもんっすね〜」



「幸先いいスタートが切れたってことで
まずは喜んでおきましょうよ。

今年から男子と女子で部屋が別れたうえに
女子は全コースまとめて授業受けれるように
方針も変わったとこなんだから」



「え、そうなんすか?

じゃあ今までクラスとか全部別々だった
ヨーロッパとかアジアの女子勢と一緒に?」



「そういうこと!
みんな元気で面白い人たちばっかりだから
きっと飽きないと思うわよ〜。

会った人から順番に紹介してあげるわね」



「えへへー、あざーっす♪」






















びしっと敬礼のように額へ手を当てて
渾身の煌きを放つ笑顔を浮かべた少女、
クレオール・セリアは再度窓を振り返り
コの字に屈折した校舎の対岸へ目をやった。

こちら側……新校舎と呼ばれるこの建物は
つい最近に改装工事が終了したばかりで
どこもかしこも純白に輝いているが、
反対側のもと旧校舎にあたる舎屋は年季が入り
やはり煤けて古ぼけた印象を否めない。





この数ヶ月でだいたいの立地は把握できたが、
それでも彼女とてこの学園の全ての教室と
その用途を理解できているわけではなかった。






















例えば向かいの少し上方へ目線をずらし、
三階の廊下を端までたどって行き着く教室。

エリザベータは「音楽室」と説明していたが、
彼女らや彼女と面識のある生徒が使用している
常用の音楽室はそれとは別に存在したはずだ。





これほど大きな学園である。

体育館ですら一つ二つでは飽き足らず
北館南館そして水泳用の温水プールなど
用途別にそれぞれ用意してしまえているのだ。



おそらくあの部屋も何かしらの目的のために
特別に作られたものに違いないだろうが、
彼女がここで過ごしたほぼ三ヶ月間の中で
あの部屋へ赴く機会は一度たりとも無い。

一体何に使われている教室なのだろうか。
そんな彼女の素朴な疑問が解決されるのは
そう遠い未来の出来事ではないように思えた。






















「さて……っと。

今日から私たちの新しい学園生活が
いよいよ幕を開けるってことなのよね〜。



まぁ、いつもと大して変わらないだろうけど
やっぱり一つくらいは変化が欲しいわねぇ」



「え? どういうことっすか?」























傍らに立つ焦げ茶の髪を燻らせた少女が
おもむろにそんな言葉を発する。

きょとんとして聞き返すセリアだが、
その答えはごくごく単純なものだった。























「どういうって……別に何でもいいんだけど
ちょっと去年とは違うことに挑戦したいなって
思いつきで言ってみただけよ。

例えばほら―――
心機一転して何か部活を始めてみるとか」



「部活、ですか?

そういや前は学校に慣れるのに精一杯で
部活に気を回せませんでしたからね」



「でしょ? だからこの機に一念発起、
思い切ってやってみるのもいいかなーって」



「まぁ……素晴らしい心がけだと思いますわ。
私も機会があれば何か始めてみたいです」



「む〜、それは私もいいと思いますが……
そういやこの学園ってどんな部活があったか
あんまし覚えてないんすけど」



「そうねぇ、えっとー……
メジャーなのは大抵あったはずよ?」






















エリザベータは少女の疑問を受け取ると
壁の掲示板に貼り出されたプリントの中から
ある一枚の紙片に目を留めて二人を手招いた。

そこには『W学園部活動案内』と記され、
運動系、文科系の2ジャンルに分かれて
人数の多い順に部活の名前が並んでいる。























「んーっと、運動系は野球部とサッカー部と
テニス部、ソフト部水泳部ラクロス部……

どれもなかなかキツそうっすね〜、
初心者が飛び入りするのは難しそうです」



「文化系なら新入りとかとの差が
あんまり無さそうで気楽そうじゃない?

ほら、文学部とか家庭科部とか」



「うー……料理はあの眉毛とかローデさんに
散々仕込まれたんでもう沢山です……

もっとこう、何か楽しそうなの無いっすか?」























「楽しい部活、ですか……
私は、お兄様とたまに歌を歌ったりすると
とっても楽しい気持ちになれますわ」



「あ、それなら音楽系とかいいんじゃない?

ほら……他のよりは人数では少ないけど
けっこう充実してるみたいだし」



「ほんとだ、下のほうに固まってる。

えと、軽音部にコーラス、ゴスペルか……
私あんまり歌には自身ないん―――



……お?」






















つらつらと箇条書きの文面を眺めつつ
溜め息混じりにコメントしていた彼女だが、
ふとその羅列の最下部に綴られていた
本来ならばその位置に落ち着くことなど
あり得ないはずの部名を見止める。



それは音楽系の部活と言われれば
まず一、二を争う頻度でその名が出るほどに
有名なジャンルでありながら、
彼女の前で堂々たる最下位という現実と共に
吹っ切れたような気配を伴い輝いていた。






















「あ―――あの、
このいっちばん下の“吹奏楽部”って……」



「あぁ……それ?
ちょっと前までは文科系クラブの中でも
トップの人数と実力を持ってたんだけど、
今じゃすっかり落ちぶれた弱小クラブよ。

そこに入るのだけはお勧めしないわね」



「ってか、部員3名とか書いてあるっすよ!?
3人でブラバンとか成り立つもんなんすか?」



「運のいいことに部長が生徒会役員でね。
その権限でどうにか生き残ってるけど
ハッキリ言って形だけよ。

最近はちゃんと活動できてるかも怪しいわ」



「そ……そうなんすか……



っていうか、あれ? なんかエリザさん妙に
ブラバンについて詳しくないですか?

誰か知り合いが入っていたとか―――?」






















「あら、知らなかったっけ?

知り合いも何もないわよ、つい去年まで
私もローデリヒさんもその部活に在籍して
楽器を吹いてた元部員だわ」



「え……ええええええ!?
いや全然知りませんでしたよ今の今まで!」



「あの、さらに言わせて戴くと……

お兄様もかつてその部活に勤しんでおられた
演奏者の一人なのですわ」



「うそぉ!? あのバッシュさんが!?」























当然のように言い放って見せた二人の言葉に
驚愕を隠せず大声を上げてしまうセリア。

エリザベータとその知り合いである青年が
楽器にいそしむ姿はどうにか想像できるが、
一方の少女エミリア・ツウィングリの兄である
青年バッシュが楽器を吹き鳴らしている様など
とてもではないが思い浮かべられない。



「黄金色のホルンを吹くあの頃の兄さまは
とっても凛々しくて素敵でした」と
うっとりした瞳で語るエミリア。

しかし対する彼女は呆然と口を開いたまま
自分のイメージにどう蹴りをつけるべきか
解らないなりに沈黙するしかなかった。























「とにかく――― 過ぎた話は過ぎた話よ。

もうあの部のことは一切忘れて、
別の新しいことにチャレンジしてみましょ!



そうねぇ……
でもやっぱり音楽にはそそられるし、
ここは3人でコーラスとかやってみない?」






















割り切ったようにそう断言し、エリザベータは
もう以前のことなど全く気にかけない様子で
プリントの上部へ視線を滑らせていった。

エミリアもつられて上位の部活たちへと
興味を奪われていってしまい、少女はただ一人
どこか釈然としない感覚を抱えたままで
文字列の最下部から目を離せないでいた。



前に在籍していたというにも関わらず、
目前の少女の物言いは冷たいものだった。

その部が堕落し見放されてしまった理由は、
そもそもの原因は何だったのだろう?





そう密かに思案した少女の疑問が解かれるのは
やはりそう遠い未来の出来事ではないらしい。























「―――Hey, you guys!!
 ここにセリアっていう生徒は居るかい!?」






















唐突に。

実に本当に唐突に教室の引き戸が開けられ、
快活な青年の大声が飛び込んできた。



飛び上がって戸口を振り返る三人、
そして目を合わせた透き通るような空色。






















「え――― あ、はい……!?
私がセリアですけど…… 何か用ですか?」






















恐る恐る、戸惑ったままの口ぶりで
どうにか返答を返すことができたが、
あまりに驚いたために歯の根が噛み合わず
あと一歩で腰を抜かすところだった。



そんな彼女らの反応には一切目もくれず、
突然に現れた青年は容赦なく部屋へ踏み込んで
むんずと彼女の袖を掴んで頷いた。























「うん、セリアって名前に赤いリボン―――
君が間違いなくアーサーの言ってた生徒だな!

女子だったのは少しびっくりしたけど
まぁいいや、ちょっと付き合ってもらうぞ!」



「え……えぇ!? ちょっと待って何っ……」






















疑問符が口を突く前に、すさまじい速度で
教室の景色が背後へ飛んでいくのが見えた。

青年は彼女の当惑など気にもかけない様子で
手を引きどんどん廊下を駆け抜けていく。





その表情があまりにも嬉しそうに輝いていて、
また己がどこへ連れて行かれようとしているか
まったく想像だにできない状況下で、

困惑は新たな疑問を呼び、疑問は新たな困惑を
次々と呼び覚ましていく起因になるばかりだ。






















「な……何なんすか一体―――!!?」






















彼女の精一杯の訴えは虚しく宙を舞い、
そのままの勢いで三階の一角へと向かって
引きずられるように走るしかなかった。






















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