BAND FEAVER!! (部活もの)

□第1章 仮入部のアルエッティ
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「あああああああああああ〜〜〜…………」






















翌日、放課後。

少女は教室の机で頭を抱えたまま
朝から幾度目とも知れぬ呻き声を上げていた。





ひどい後悔と自責の念が繰り返し繰り返し、
淀んだ思考の中で渦巻いて離れない。



何故こんな事になってしまったのか。

一応その思いは疑問の形を取ってはいるが
理由など単純明快…… 断れなかったのだ。























―――「拒否権なんて認めねぇからな?」























そう、あまりにも理不尽な不条理を突きつけて
屈託のない笑顔を浮かべていたあの青年の声が
今でも耳に残っていて鬱陶しい。

出かけた怒号を飲み込み、振り上げかけた拳を
ペンを握るために緩めた自分が情けなくなる。



少女は今や苦悩のどん底に突き落とされて
先のことなど一切見る余裕すらなかった。

麗らかで希望に満ちた春の日差しが
こんなに煩わしく感じられたことはない―――






















「ちょっと……一体どうしたのよセリア?
朝からそんな声ばっかり出しちゃって。

昨日あのアルフレッドって子に引っ張られて
出てった後から何か変よ?
何かあったなら相談に乗るわ」






















隣に座っていたエリザベータが
心配の色を浮かべて身を乗り出してくる。

その声は彼女にとって救いの光のように
神々しいまでの暖かさに満ちて感じられた。



ゆるゆると顔を上げ、目を合わせる。

もはや自分が泣きたいのか憤りたいのか、
または吹っ切れて笑い飛ばしてしまいたいのか
感情の方向性がまったくもって解らない。






















「……ほんとに大丈夫?
なんか世界の終わりみたいな顔してるわよ」



「お、終わったも同然ですよぉ……
サヨナラ私の青春、私の部活ライフ……

あんな奴の誘いを断れない私なんて
新年そうそう負け組ロードまっしぐらっす!」



「ちょ、ちょっと落ち着いてったら。

昨日あのあと何かされたの?
アルフレッドって確か同学年の生徒よね?



セリアを泣かせるなんて許せないわ!
教室なら分かってるし私がヤキ入れて―――」



「ああああそれはちょっと待ってください!
アルフレッドさんは悪くないんすマジで!!」






















家庭科室から持ち出してきたと思われる
一振りの鈍器―――ことフライパンを片手に
早くも鼻息を荒くするエリザベータに、
セリアは慌て制止の言葉を投げかけると
ブンブンと両手を振って誤解を打ち消す。

「え、じゃあ何なの?」と驚いた顔で
ひとまず武器を置いた彼女だったが、
その目は激しい闘志に燃えており
今だそら恐ろしい気配を拭うのは難しい。























「あ、あのー……えっとー……

まずアルフレッドさんはある人たちに
私を連れてくるよう言われただけなんですよ。



その“ある人たち”ってのは二人いまして、
そいつらが困ったことに私と面識あって……」



「あぁ、そういえばあの男子が来たときに
誰かの名前を言ってたわよね。

たしかア…… あーさ……って」






















顎に手を当ててそこまで考えが至った刹那、
彼女の瞳に再び激昂が燃え上がった。

しまった、と思った時にはすでに遅く、
エリザベータは一度は下ろした鈍器を手に取り
阿修羅のごとき怒りを携えて吼える。























「―――あンのガラ悪元ヤン男ッ!!
あいつがセリアを困らせてる張本人ね!

生徒会長だからって誰でも思い通りになると
勘違いしてたら痛い目に遭うってこと、
今すぐ思い知らせてあげるわ!!」



「うわあああエリザさん落ち着いてぇえ!
とりあえず話を最後まで聞いてください!」



「いいえ、か弱い女の子を悩ませた時点で
情状酌量の余地なんか欠片もないわ!

見てなさい……二度と権力にモノ言わせて
でかい顔できないようにしてやる!」



「ひぇぇ何かキャラ変わってないですか!?

誰かこの人止めてあげてー!
主にアーサーさんの命が危ないっす!!」






















髪が逆立つほどに憤怒の様相を浮かべた彼女が
そのまま強引に教室を飛び出そうとするのを、
セリアは制服の裾をしっかり掴んで
必死に引きとめようと大声を張り上げた。



もはや親友と呼べる間柄になったこの少女、
実を言えばその平素の印象とは裏腹に
ひとたび箍が外れれば手のつけようのないほど
凶暴な性質を露見させることがあるのだ。

今回彼女の怒りは自分を困惑させている
あの青年に向かって働いているようだったが、
どうにかしてその矛先を逸らさないことには
彼の安全も保障できはしない。





相手によっては彼女も止めるのを諦め
成すがまま傍観に徹していたかも知れないが、
今回は流石に放っておくわけにもいくまい。

少女は渾身の力で歯を食いしばりながら
遠い天からの助けを願った。























「……おや、そこに居るのは
セリアにエリザベータではありませんか。

一体どうしたというのです、貴女がたの声が
廊下じゅうに響いていますよ」




















今にも袖を引く手が離れそうになった瞬間、
教室の扉がすらりと開かれる音と共に
低く澄んだ落ち着きのある声音と立ち姿が
二人の前に現れていた。



とたんに立ち止まり息を呑むエリザベータ。

成る程、今この状況において彼女を止めるのに
彼以上の適任はないように思えた。






















「ロ……ローデリヒさんっ!?
いえいえ、大したことではないので
お気になさらなくて大丈夫ですよ、ええ」



「そうなのですか? なら良いのですが―――

……おやセリア、少し顔色が優れませんね。
何だかひどく疲れているようです」



「あ、えと……
実のところ色々ありすぎて万全じゃないです」



「ふむ。 新学期が始まってはしゃぎ疲れた、
というわけでも無さそうですね。

何か心配ごとがあるなら私やエリザベータに
遠慮なく相談してくださって宜しいのですよ?
私たちに出来ることでしたら力になります」



「あー、本当ありがとうございます……です」























手近の椅子を引いて腰をかけた男性の
風格漂う振る舞いに心が安らぐ。



あれほど憤っていたエリザベータも
いつの間にか平常心を取り戻していた。

漸く普段どおりの平穏な昼下がりの静寂が
賑やかな廊下の喧騒を窓ガラス一枚隔てた
教室の中に満ちていくのが分かる。























「あ〜、えっとですね……
なんて説明したらいいか困るんですが―――

……私、昨日ブラバン入ってきたんすよ」






















しおらしく肩をすぼめて少女が呟いた刹那、
面前の二人の男女はこれ以上ないほどの驚愕に
目を見開いて互いを見つめ合っていた。






















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