夢現そして無限たる夢幻(シリアス)

□Richard Dehmel 〜“夢魔”とはじまりを奏でる“片割れ(テリィ)”〜
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Tr・ume,tr・ume,
du mein s・・es Leben,
Von dem Himmel,
der die Blumen bringt.

Bl・ten schimmern da,
die beben
Von dem Lied,
das deine Mutter singt.



Tr・ume,tr・ume,
Knospe meiner Sorgen,
Von dem Tage,
da die Blume spro・;

Von dem hellen Bl・tenmorgen,
Da dein Seelchen sich der
Welt erschlo・.



Tr・ume,tr・ume,
Bl・te meiner Liebe,
Von der stillen,
von der heilgen Nacht,

Da die Blume seiner Liebe
Diese Welt zum Himmel mir gemacht.










―――リヒャルト・シュトラウス
『五つの歌』より“子守唄”―――















……………………。





空が薄墨を流したかのように暗かった。
もう春先とはいえ、
空気にはまだ冬の名残がある。

頬を刺す風は氷で模られた剣のようで、
瞼を閉じても否応なく染み込んでくる
真っ白な日光が、世界の全てを
なんの抵抗もなく貫いてゆく。





風が、雲が色彩を失い、
輪郭を失くしていき、石畳の町並みは
その暗陰極まる雰囲気と
見る間に調和してしまう。

気がつけばどちらを見ていいやら
わからないほどの、のっぺりとした
殺風景な景色が広がっていた。















まるで書割のように
無意味な灰色に染まった霧の街の中を、
一人走りぬける者があった。

すべてが動きを止め色褪せた世界の中で、
彼の纏うスーツの衣擦れの音や革靴の足音、
はたまたその息遣いさえも
鮮明に聞こえてくるほどだ。



彼は今や迷える子羊そのものだった。
仲間の群れからはぐれ、道標を見失い、
途方に暮れながらも迫り来る
制限時間に怯えて走り続ける。





しかし彼が奔走するその道もまた、
正しい救済へと彼を導いてはくれない。

路地は角を曲がる度に複雑に入り乱れ、
彼にはもうどの小道が出口へと
続いているのか見当のつけようがなかった。















彼の不安を煽るように、灰色の雲が
白光を投げかける太陽をその懐中へと沈めてしまう。



暗さが増していよいよ見通しの悪くなった
袋小路の中で、彼は小さくため息をついて足を止めた。

レンガ造りの建物へ寄りかかって
細い声を上げる。




















「うぅ…、アメリカの馬鹿…!」















+++















「はぁあ……

こんなことになるなら、
やっぱりアメリカと一緒に
行ったほうが良かったかな〜……



なんだかんだ言ってアメリカは
ちゃんと僕のこと気にしてくれるし……」




















そう悲しげにぼやくと、
カナダは再び深いため息を吐き出した。

その吐息は弱弱しく飛散し、
今にも雨が降り出しそうな
灰白色の空に吸い込まれていく。



ロンドンの霧は濃く滞留するミルク色だ。

昼下がりの路地裏に落ちる
セピアと相まって、なんとも物悲しく
うら寂しい、そんな形容が相応しい景色が
延々と繋がって繰り広げられている。





ざらり、と革靴の踵が
粗い瓦礫の表面を削り、
その砂っぽい音色と同調するかのように、
彼の視界にも僅かなノイズがかった靄が
広がり始める。

空気に満ちる雨の予兆が、
むっとするほどの水の匂いが、
より濃密に彼の世界を染め上げていた。




















「でもなぁ〜、
あいつと一緒だとどんな目に会うか
わかんないから嫌なんだよ…

この前だって普通に
サッカーやろうって誘われてOKしたら、
ものすごいシュート何発も顔に当てられて
酷いことになったし…。」




















一人なのをいいことに
兄弟の傍若無人ぶりを愚痴ろうとするが、

その兄弟に遊び半分でズタボロにされた
イヤな思い出が真っ先に頭を過ぎる。



過激なオーバーヘッドが命中した右頬まで
ジンジンと痛みだしたようだ。





彼は無意識に古傷をさすりながら、
左腕にはめた腕時計にちらりと目をやった。




















「…あぁ、もうこんな時間!
早く会場に着かないと間に合わないのに…!

もう〜、なんでこんな時に
道に迷っちゃうかなぁ!?」




















苛苛と辺りを見渡すが、
当然標識のようなものは見当たらない。

右へ左へ揺れる淡いブロンドの
質の良い髪が、じっとりと不快な
湿気を含んだ空気を小さく攪拌する。



あまり行ったことのない街で
会議が開かれることは知っていたのだから、
こんな事態のために地図くらい
用意しておけば良かったと思う。

いや…厳密にはきちんと
用意してあったのだが、
例によってあのエネルギッシュな弟が
勢い余って真っ二つにしてしまっていた。




















「う〜ん…、どっちに行ったらいいのか
全然わからないけど…

まぁいいや、
とりあえず今は路地から出なくっちゃ!」




















誰か一人でも近辺の住人を
見つけられたらしめたもの、
ここはあのイギリスの家なのだ。

英語が通じるから世界会議場への道を
尋ねればそれで事足りる。



カナダはもう一度人っ子一人いない
袋小路を見渡すと、見切りをつけて元気よく
脱出への一歩を踏み出し……















……踏み出し切る前に、立ち止まった。















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