BAND FEAVER!! (部活もの)

□第1章 仮入部のアルエッティ
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「なぁフェリシアーノ!
君、今ちょっと時間空いてるかい?」






















翌日の昼休み。



アルフレッドは教室に戻るとすぐに
最前列の机についている青年の姿を見止めて
すかさず声をかけていた。

少し離れた黒板の前に立っている生徒と
話をしていたらしいフェリシアーノは、
彼のその声が自分に向いているものと知ると
きょとんとした顔で振り返ってみせる。






















「あ、昨日ホールで会った人だー!
えっとー……アルフレッドだったっけ??」



「おいおい、昨日俺に話しかけてきたのは
君のほうだったじゃないか。
なんて君が先に名前を忘れてるんだ?

……とりあえず昨日のことでちょっと
気になったことがいくつかあるから、
少し話を聞きたいんだけど大丈夫かい?」



「あーうん、おっけー!
ちょっと待ってね、ルートに言ってくるから」






















彼の言葉にこくりと頷くなり、青年は前を向き
黒板前に立つもう一人の青年へと向かって
両手を口に当てて大声を出していた。

言ってくる、という表現としてにはどうにも
そぐわない気がしてならないのだが、
彼らにとってはこの連絡方法が普通らしい。






















「ルートぉー! 俺ちょっと用事できたから
その間これ任せててもいーいー?」



「む? なんだフェリシアーノ、
まだ音を上げるには早すぎやしな……

と、すまない。 他の奴が来ていたのか。



そういう事なら許可するが、
なるべく早く戻ってくるんだぞ。
そのままトンズラなんぞしたらどうなるか
解っているだろうな?」



「うぇ〜、わかったよぉ!
もう脱走したりしないから許してー!

……じゃっ、じゃあ行ってきまぁす!」






















勢いよく振り返った長身の青年の
鋭い睨みの利いた視線に射すくめられ、
フェリシアーノはあたふたと席を立つと
アルフレッドの手を引くように扉へと向かう。

その刹那に壇上の青年―――ルートヴィッヒと
わずかに数瞬目があった気がしたが、
相手は努めて気にしないようにしているのか
すぐに黒板へと向き直られてしまう。






















「……菊のこともあるというのに―――
まだ諦められていないのか、お前は」



「(……えっ?)」






















逃げるかのごとく引き戸を閉めようとした時、
疎ましげな溜め息とともに呟かれた言葉が
妙に違和感を伴って耳介に響いた。

慌てて目を向ければ、ルートヴィッヒの目線は
自分が机の上に置いていた黒いケースに
しっかりと照準を合わせていたのだった。






















+++






















「……おっまたせー!
ここなら誰も来ないし安心できるでしょ?」






















行きがけの自動販売機で購入した缶コーヒーの
一本を手渡し、ようやく一息ついた様子で
フェリシアーノは鉄柵へよりかかり
スチールのプルタブを手前へ引き起こした。

ぺきっ、と金属のきしる音につられて
アルフレッドも同じように缶を開ける。



……コーヒー派の自分を気遣って
わざわざ選んでくれたものだろうが、
やはり選別の基準は自分の好みなのか
普段飲むものより数段は濃いエスプレッソだ。

最初の数口は噎せるほどに濃密な苦味で
度々咳き込んでいたものが、しばらく経つと
どうにか慣れてきて普通に飲めるようになる。






















「でさでさ、話ってなにー?

昨日の話っていうと……俺達が言ってた
去年の秋あたりのことかな?」



「あぁ、多分そうなるんだろうな。
あまり大した用事じゃないんだけど……



あれだけ大きかったバンドが崩壊するなんて
一体何が起こったんだい?
それについて詳しく教えてくれないか。

過去にあったことを一切知らないまま
ノコノコ飛び入りしていけるほど、
俺も面の皮が厚くないんでね」



「うーん、それは確かに一理あるかも。
新入りさんだから秘密とか悔しいもんね〜。

わかった! 俺に説明できることなら
何でも教えてあげるよ!」






















ぱん、と軽く手を打ち合わせて笑い、
フェリシアーノはコーヒーの缶を傍らへ置くと
言葉を選ぶように指をいじらしく動かして
しばらく迷っているようだった。

しかしやがて話の内容がまとまったらしく、
明るい笑顔を上げて空を仰ぎ、口を開く。






















「えっとー……まずねー、俺達のブラバン―――
兄ちゃんたちが部長やってる吹奏楽部は
実は“二代目”なんだよ〜」



「に……二代目だって?
あれとは別に吹部があったのかい?」



「ううん、初代はこの学園が出来たときに
当時の学生が集まって立ち上げた、
すっごく歴史の古い部活だったんだってさ。



そこの初代部長がトランペット吹き、
同年代だった副部長がクラリネット吹きで……
うん、ものすごい上手でコンクールに出たら
いつも金賞取ってたって言ってた。

俺も今でもすごく自慢に思ってるんだよ!」



「へぇ、やっぱりそんな古い時代から
ここのブラバンは凄かったんだな。

それじゃあ……その初代ブラバンって
今はどうなってるんだい?
“二代目”がそれとは別物っていうなら
どこかに存続してそうなもんじゃないか」






















プルタブに指をかけて手遊びをしながら
何の気なしにそう問いかけてみる。

と、その瞬間にフェリシアーノは
しゅんと沈んだ表情に変わってしまった。



冷えきった缶から滴った露の一粒が
制服の裾にちいさく染みを作る。






















「……それがね……。

その初代ブラバンも今の俺達みたいに、
ある年の定期演奏が終わった直後に
部長と副部長の喧嘩から雰囲気悪くなって、
すごいギスギスしだしちゃったんだって。



その関係がいつまで経っても直らなくて、
部員もだんだん辞めていって……
結局、その二人が引退した月から一年足らずで
解散して廃部になっちゃった、って」



「…………そう、だったのか」






















予想していたよりも遥かに深刻だった状況に
思わず声のトーンが下がってしまう。

たった今彼が言った通り、自分が参加を決めた
あの部もまったく同じ危機に面しているのだ。



散り散りになった部員を残らずかき集めて
元通りに復興することができるか……
もしくは努力むなしく皆の足並みが揃わずに
瓦解しきったまま闇に葬られるか。

その答えが出るのがちょうど一年以内―――
翌年の定期演奏会までということなのだろう。






















「そ、それじゃあさ……
先代の部活がなくなった理由はわかったよ。

けど俺が一番気になってるのは今の話さ。
君たちが部活を去る原因になったっていう
その“問題”とやらを教えてくれないかい?」



「え? あぁ、うん……わかった。






















あのね、兄ちゃん達があの部を立ち上げたのは
初代部長と副部長に憧れたからなんだって。

それぞれ担当してる楽器は違ってるけど、
すっごくあの二人を尊敬してるんだよ!



それで、この学校って音楽好きが多いから
すぐ沢山の人が集まってきて、
中にはすごい技術持った人もいっぱいいて……
一時期はものすごい強豪校になったんだ」



「ああ、それなら良く知ってるぞ!

ヘタチューブにコンクールの動画上がってたし
部室でたくさん賞状とか見たからね」



「へぇ〜、まだあれ取ってあるんだ!
懐かしいなぁ……あの時はみんな揃ってて
音楽って楽しいねって言い合ってたのに」






















少し悲しげな余韻を言葉の端に燻らせて、
フェリシアーノは空になった缶を転がすと
鉄柵の上へよじ登り頭上を見上げた。






















「それで……俺が入ったのは一昨年で、
その時にルートも菊も一緒に入部したんだ!

ルートあんなにドラム上手かったのに
辞めちゃうなんて勿体無いよね」



「え、ルートってあの教室にいた奴かい!?
あいつも同じ部員だったのか!」



「うん! っていうか、俺達の知ってる人は
たいてい部員やってたはずだけどー?

俺の兄ちゃんをはじめにいっぱい居たしさ、
音楽一家のローデリヒさんも入ってた。
あとコントラバス弾いてたイヴァンって人と
その仲間も上手いってよく言われてたよー!



……でも―――でもね」






















からり、と焦茶の雫をしたたらせる空缶が
ローファーの縁に当たって動きを止める。



鉄柵をギイギイ軋ませながら足をぶらつかせ、
青年はなおも話を続けていこうとする。






















「みんなの様子が変わり始めたのは……
そうだなぁ、やっぱりアーサーの言ってた通り
去年の定演の準備中になるのかな?



その年はコンクールがうまくいかなくてさ、
なんとかして定演だけは成功させようって
皆すごい焦って練習してるみたいだった。

俺はいつもとそんなに変えなくたって
いいんじゃないて思ってたんだけど、
部長、副部長を筆頭にほとんどの部員は
そうは思ってなかったみたい。





そんな中で、俺の仲間の菊ってやつは―――
ってもう散々名前言っちゃってるかぁ。

菊はすごい真面目で、コンクールで失敗した
自分のソロをどうにか物にしようとして
誰より一生懸命に練習してたんだよ。



けどそれもなかなか上達しなくって……。
まぁスランプなんてよくある事だよね?

でも部長……アーサーはそれが気になって
しょうがなかったみたいでさ。
合奏中もしょっちゅう菊のソロの所で止まって
厳しく特訓させてたんだ。





















でも―――
菊はそれを真面目に受け取りすぎてた。

自分のせいでまた曲がグダグダになったら
どうしようって真剣に悩んでた。



だからどうにかして上手くなろうと
誰より遅くまで練習してたんだけど……

その練習量がたたって指壊しちゃって、
しばらく楽器吹けなくなっちゃったんだよね」






















春風にざわめく木立の音が、思いがけず鮮明に
佇む二人の髪を、上着を揺すり撫で上げた。



からからと転がりフェンスの下を潜り抜け、
下界へと堕ちていった空き缶の行方を知る者は
おそらく、誰ひとり居ないだろう。





















+++
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