万国舶来 鬼さんこちらっ! (ヘタリア×鬼さん)
□第零號『天女が舞い戻りましたよ、鬼さん!』
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目に映る景色が真後ろに吹き飛び、
台風の渦中に居るようなすさまじい風圧と
閃光によって五感のすべてが麻痺した。
遠くに聞こえるのは、まだ心配の色が残る男女の声。
「頑張って」「元気でね」交互にそう叫んでいる。
もう幾度も幾度も耳にしたフレーズだと言うのに、
いまだ慣れず瞼に涙が滲んでしまう。
相変わらずアンドロイドに似つかわしくない感情だ、と
半ば自嘲することさえ覚えた微笑もほがらかに、
『時空探査用人形タイムマシン』通称“港町るく”は
めいっぱいに息を吸い込んで声を発した。
「お母さん、お父さん、行ってきます!
お土産話いっぱい持って帰ってくるからね―――!」
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「……よし着いた!今度はちゃんと食堂の前に……
―――って、あれ!? 」
光の渦が晴れ、ひたすら暴風と重力の反転に
されるがままになっていた体が宙に放り出される。
ジェットコースターの頂上に到達した時のように
ふわりと胃の腑がひっくり返る寒気が這う。
そしてついに自由落下に巻き込まれる直前、
るくは自分が狙った『花楽里食堂』玄関前の座標からは
ほど遠い中空にいることを悟った。
「え、なに!? ここ何!?
空……? うそっ、ちゃんと食道の前に着くように―――
うぎゃええぇぇわあああああ!!」
見慣れた街並み、見慣れた街角。
その片隅に鎮座する小ぢんまりとした瓦屋根。
頭の中で思い描いていた景色はなに一つ当てはまらず、
眼前に広がるは、むやみに青い空の色だった。
そういえばこのような景色は前にも一度……と
既視感にも似た寂寥が突き上げると同時に、
地上数十メートルほどの高さであろうか、
予期せぬ位置に転移してしまったるくの体は
まっ逆さまに墜落しはじめる。
高性能アンドロイドと銘打つだけはあるのだから
落下耐性くらい備わっていなければ困る。
そう脳もといコンピューターでは納得するのだが
拭いきれない恐怖感だけは人並みで。
ぐんぐん近づいてくる地面を見るに耐えず、
とっさに顔を覆って身を縮こまらせたその時……
「―――ぅぎゃんっ!!?」
蹴られた犬のような短い絶叫を上げて
襟首を捕まえられ、空中にぶら下がった。
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「あ、あわわ、うひゃああ! おっお助けぇえ……」
じたばたと足を、手を動かして掴まれるものを探す。
時代錯誤にならないようにという母の気遣いで
今度こそきちんと登録したピンクの袴が揺れる。
一分ほどのち、るくは己の服の襟が近くにあった
建物の屋根に引っかかっているのだとようやく気づいた。
瓦の端にうまいこと掛かっているだけなので
下手に動くと屋根の一部ごと落下してしまいそうだ。
しばらく自力で脱け出そうと試みてみたものの
瓦の強度に対する不安のほうが勝り、るくは覚悟を決めて
だらりと両の手足を下ろし、代わりに精一杯の声を張り上げた。
「だっ、誰かー! 助けてくださぁーーい!!」
「……あ? なんだ、その声は小梅か?
屋根の修理なんて頼んだ覚えはねぇぞ―――」
案外、助けの船は近くにいたようだ。
二階か三階か、建物の上層にぶら下がる彼女の位置より
そう遠くない屋内から暢気な青年の声が聞こえる。
がらりと何の抵抗もなく障子が開けられ、
その懐かしい声の主がおもむろに姿を現した。
きょろきょろと辺りを見回し、ついに上を見て、
屋根の廂からてるてる坊主のごとく吊られた
薄桃色の少女が目に入るなり。
「あっ!? か、かるた君じゃないですか!
お久しぶりです、やっぱりここ花楽里食堂なんですね!」
「うおッ!!? な……お前……!?」
眩しい初夏の日射しに眇めた、栗色の瞳が見開かれた。
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