夢現そして無限たる夢幻(シリアス)

□Enivrez-Vous 〜“夢魔”と灰より立ち上がりし“聖女(サンドリヨン)〜
3ページ/31ページ
















―――“私は……、
    貴方のために戦っているのです”




















…………………………。




















+++




















「―――……っ…………。」




















とても…………

とても昔の夢を、見たような気がした。





青年は放心したように枕の背面に
体を預けたまま、ただ茫然として
薄暗い寝室の天井を眺めていた。



ひどく懐かしい、思い焦がれていたものと
本当に久方ぶりに再会できたような
気がしたが……。




















「…………“誰”だったんだ……?」




















何故か面影は霧の向こうにいるように
ぼんやりと霞んでしまい、

彼はどうしてもはっきりとしたその姿を
思い出すことができなかった。




















「…………何か……、

俺は、大切なものを……忘れて……?」




















その時、

枕元のチェストに置かれた携帯電話が
単調な電子音を発しながら
わずかな振動を伴って震えた。





その現実的かつ日常的な響きに、
先程まで見ていた夢中の光景は
さらに儚く遠ざかってしまう。



フランスは重く気だるい体を起こすと、
なおも断続的にメロディを奏で続ける音源を
手探りで掌の内に取り上げた。














電子音はメール受信用に設定したもので、
白く光る画面では見慣れた名前が
メールフォルムの中心で点滅していた。



その差出人の欄には…… 『イギリス』。




















「…………あいつか……。

朝っぱらから何の用だ……?」




















寝ぼけ眼をこすってベッドに座り、
頭に上った血が全身へ下りていく
立ちくらみのような目眩を覚えながら、

彼は熟睡中に起こされた文句を呟きつつも
受信ボックスから届いたメールを
確認した。




















『from:イギリス

To:フランス



title:遅せーぞ!



――――――――――――――――――――



いつまで待たせんだよ馬鹿!

自分ちで会議ある日くらい
待ち合わせの時間守れよな(怒)



(*`Д´)ノバカァ』




















「………………は?」




















一瞬、目を疑った。



しかし何度目を瞬いてみても、
煌々と輝く画面に浮かんだ顔文字は
彼には覚えのない約束のことで
憤っているようだった。















数秒……
呆然としてそのままの体勢で佇む。

やがて彼の脳裏に、曖昧な記憶の底から
昨日に交わした会話の一部始終が
浮かび上がってきた。





ゆっくり視線を移して、枕元の時計を見る。



彼の記憶にある“待ち合わせ”の時間は
たしか午前9時半だったはずだ。

会議が始まるのは10時あたりからだと
聞いていたように思う。



そして目の前の時計が指している
長針の針は……、9。




















「―――……あぁっ!?」




















次の瞬間、
彼は弾かれるように立ち上がって
とっさに携帯電話を握りしめると
慌てて寝室を飛び出した。





彼の価値観からすれば5分や10分程度の
遅刻は許容範囲なのだが、

今日は門限などにはとにかく厳しいドイツや
自分には口うるさく噛みついてくる
メールの送り主のイギリスも
出席するはずだ。



彼らの前で大幅に
時間をオーバーしてしまえば、
一体何を言われるかわかったものではない。





彼は大きくため息を吐くと、
着なれた軍服の袖に腕を通すと
膝丈のブーツに乱暴に爪先を押し込み
足早に玄関へと向かう。















……と、玄関まで歩いていったところで、
フランスは靴箱の上に置かれた
小さな銀色を見咎めて立ち止まっていた。




















「……? これは……。」




















それは、どこかで見たことがあるような
手指用の銀製のリングだった。

細く滑らかな曲線を描いた内側には、
もうほとんど薄れてしまった小さな文字が
掘られている。




















  ―――『“聖……”との……
      5月30日、…………』















「………………。」




















何故この急いでいる状況で
このような物に気を取られているのか
その時の彼には見当もつかなかったが、

それでも彼は、
何か虫の知らせのような感覚を
その指輪から感じざるをえなかった。




















“私は、貴方のために戦っているのです”




















どこからか、あのやけに懐かしい
“少女”の声がしたような気がした。















+++
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ