らりらり

□冷たいキスをめしあがれ
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ぬき足差し足忍び足。



私は息を殺してその人に近づいた。



そしてカメラを右手で持ちながら、そっと、そうっと、その人の表情を覆う新聞紙に手をかけた。




はらり、1枚めくる。


またはらり、1枚めくる。


はらり、はらり、2枚めくる。



最後はめんどくさくなって勢いよく全てはぎ取る。効率悪かったなと反省。



ちょうどその時。タイミングよく、白い雲から太陽がひょっこりと顔を出した。



ぱあっと、公園が明るく染まる。



水色の絵の具を薄くのばした空と不釣り合いなぐらい濃い日の光が、寝ていたその人の顔を照らす。





そして私は、シャッターを無意識に押した。



かちり。


空虚な音がする。





「・・・・・あ。眩し」



突き出た喉仏を動かし、かすれた声を出す彼はそう呟いた。


ついで、雪のように白い白衣についた皺を伸ばしながら起きあがる。



そして黒縁めがねのレンズ越しから私を見て、言った。



「医者をカメラにおさめるのは、止めたほうがいいと思う」

「・・・なんでですか?」

「幽霊とか写ったら嫌じゃないかい?」

「医者を撮ったら、写るんですか?」

「いや・・分からないけど。なんかふとそう思った」



彼が眠そうに目をこする。目の下のクマは肌の色とくっきり決別していた。


日頃よく眠れてないのかな。



「どうしてこんなとこで寝てたんですか?」



気になってきいてみる。と、彼は黒縁めがねの奥にある瞳をまだこすりながら、



「外に出たら眠気飛ぶかなと思ったんだけどね。無理みたいだ。風邪ひきそう」

「・・・医者、ですよね?」

「ああ。医者。そう医者。あー、医者」

「・・・・・」

「どうかした?」




彼がまた喉仏を動かして言う。



だけど私は目を丸くしたまま、彼を見つめた。
 
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