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□鏡越しに見えるのが貴方だったらいい
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「泣くなよ」

そんな優しい声で、
助長するのはわかりきっているはずだ。


「それでも俺は、お前が好きだ」


今この目に映るのが自分だったらいいのに。


「泣くな・・赤也」


ああ、このまま



心地良い貴方の全てに溶けて消えてしまえたら





ー鏡越しに見えるのが貴方だったらいいー







感情が高ぶる。
理解しているのは、高い自尊心。

プレー中それは顕著だ。
相手を追いつめる快感、優位に立つ自分を見上げる目は極上。

もっと、壊してやりたい。


「もう終わりかよ?」

「・・・っクソッ!」


血塗れの顔が歪む。
見上げる目には憎しみと恐怖が揺れる。

たまたま近くのテニスコートにいた男だった。

赤也を年下と見るや挑発してきた男。それが今やコートに膝を突き、赤也に頭を垂れている。


「誘ったのはアンタだろ?最後までつき合えよ。」

目線を相手に合わせるように体を屈めると、男の浅い呼吸が聞こえた。

「あれ、限界?」

薄く弧を描く口から楽しげな声音が漏れる。


「・・・・・っ」

ぐっと男の髪を掴み顔を覗き込む。額から流れた血が目に滲んでいる。
赤く染まった目はよく知っていた。

「てめぇ・・・ッ!」

「お揃いじゃん。」


赤也の目は赤く血のように輝いていた。
途切れかかっていた意識の隅で捉えたその姿に、男に漸く後悔が押し寄せる。
一層表情を歪ませるとそのまま地面に体を手放した。


「・・あーあ、もう壊れちまった。」

動かなくなった男を見ると、赤也はつまらなそうに手を離した。

鈍く響く重い音。


「赤也!!」

それと重なるように、コートに向かって誰かが叫んだ。
聞き慣れたそれに赤也の体が揺れる。近づいてくる気配の主を知りながら、それ故に振り向くことを躊躇う。


「お前何やってんだ」

「・・・丸井先輩」


その声にさっと頭が冷えた気がする。
驚きに満ちた声の次には何が出てくるのか。
赤也は最も見られたくない相手に出会してしまった。

「赤也」

振り返らない赤也と、倒れている男。
血が幾つもコートに落ちている様にブン太も事を察した。

「・・・赤也、こっち向け。」

肩を掴むと目の前の体が一瞬強ばる。
だが気にすることなく、そのまま赤也を自分の方へ引き寄せた。

「・・・・・っ」

振り向いた赤也は、やはりそうだった。
波は過ぎた後の様だが目は未だに赤みを残している。
視線の合わない伏せられた目をブン太は見つめた。

その視線に赤也はより震える。頭に過ぎるのは後悔ばかりだったが、口にするには思いが固まらない。
そんな赤也の様子にブン太はため息を落とすと、赤也の体から手を離した。

「・・こいつ誰だ?」

「知らねぇっス。声かけて来たんで試合して・・」
ようやく聞こえた言葉を背に、ブン太は男を覗き込む。
顔から出血している様だが、ほとんど額の傷から溢れる血だった。

放っておいても大丈夫だろう、何よりことを仕掛けたのはこの男だと言っている。
ブン太は自身の紅い髪をくしゃっと乱雑に掻いた。

「先輩・・・その、」

「めんどくせぇことになる前に帰るぞ。」

何か言いたげな赤也を遮るようにブン太がその腕を引っ張る。
そのままされるがままにコートから連れ出されると、ブン太は赤也が見慣れた道に向かって歩き出した。
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