紙束

□ふるさと
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「……ふるさとは、」

小さな呟きと共に白い息が流れた。





陽介に誘われて高台にやってきた。



陽介は用件を言わなかった。
必要最低限の言葉で俺に都合を聞き、俺は頷いた。
黙ったままふたりでバスに乗り、黙ったまま高台に登った。
冷えた夕方の高台に並んで、意味もなく街を見下ろした。



そうして、唐突に陽介がその言葉を呟いた。
記憶を辿るように視線を泳がせ、たどたどしく続ける。

「ふるさとは、とおくにありて、おもうもの。そして……えーと、そして…かなしく……」
「『そして悲しくうたふもの』」

続きを言ってやると、陽介はバツが悪そうに目を伏せた。

「知ってる?」
「うん。犀星だろ。『遠く』じゃなくて『遠き』だったと思うけど」
「さいですか」

少し笑いを含んだ声。
口角がほんの少し上がり、すぐにストンと落ちる。

「……中学のとき、授業で覚えたんだ。暗唱テストがあってさ」
「へえ。俺は短歌と俳句だったよ」
「暗唱テスト?」
「うん。水原秋桜子とか」
「誰だよソレ」

手すりに腕を預けたままぽつぽつと言葉を交わす。
いつも通りの下らない話。なのに、俺も陽介も声がよそよそしい。
居心地が悪い。多分、陽介も。

「……この詩さぁ、題名や作者はもう覚えてないんだけど、本文は大体覚えてんだ。ぼーっとしてる時とか、突然頭に浮かんだりする」
「似合わないな」
「うるせー」

両手に息を吐き出して擦る。
気付かれないように隣を窺うと、鼻の頭を赤くした陽介がうつむいていた。

「この間も突然頭に浮かんで、そしたら、」

不意に陽介がこっちを見た。
驚きで少し肩が揺れた。

「お前みたいだなって、思った」

茶色い目が、俺を見る。
俺を疑って探りを入れてきた頃の叔父さんの視線にそっくりで、思わず小さく笑ってしまった。

「『遠きみやこにかへらばや』か?」

そう問うと、陽介は目を逸らした。
視線を眼下の街へ戻す


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