紙束

□そこにヒカリを見た
2ページ/8ページ




―――疲れた。

頭の片隅をそんな言葉がかすめた。
瞬間、かくりと膝が崩れそうになって、慌てて体制を整える。
荒れた山道は想像以上に体力を奪っていった。ひどく足が重い。

渇いた喉は呼吸をするとぜいぜいと荒い音を立てた。
昼から何も食べていないはずなのに、空腹は感じない。脇腹と肺が痛くてそれどころじゃない。

夏とはいえひんやりと冷たい山の中は、日が沈むとずいぶん冷え込んだ。弱い風と共にはいあがってきた冷気に小さく身震いをした。



犬の声が聞こえた気がした。振り返ると、遠くにちらりと人工の灯りが見えて、とっさに廃屋の陰に滑り込んだ。

すぐに騒々しい足音が近付いてきて、さっきまで僕がいた場所を懐中電灯のまるい光がいくつも滑る。
犬の声と荒い息遣い。隊を成した警官たちが走る姿は、まるで巨大な影が闇にうごめいているようだ。
遠ざかっていく音を聞きながら、僕は小さく息をついた。





―――あんなに大きな物音を立てていたら、逃亡者に居場所を知らせるようなものだろうに。ばかじゃないのか。

そう思って笑おうとしたけど、顔の筋肉はひきつったように動かなかった。代わりにふるりと肩が震えた。



――それとも、逃亡者を心理的に追い詰めるための策か。



今度は笑えた。ひどく歪な笑みだっただろうけど。

震える肩を握りしめて、爪を立てた。
自分も人並みに恐怖を感じることを初めて知った。


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ