creation

□寝相と体温(クロビ)
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いつかの、クロスファイトの帰りのバス内。

中は疲弊と眠気が充満しており、雑談をする人間は少なかった。

自分は、というと、正直眠くはない。

寧ろ隣にいる人間が、自分から眠気という概念を吹っ飛ばしていた。


すぅすぅと寝息を立てて気持ちよさそうに寝ている彼は、どういうわけか自分の肩に寄りかかっている。

彼から体温と吐息と寝言が伝わり、このせいで自分は寝ようにも寝られなかった。


これが自分、巻レイジを苛立たせていた。


自分と同じ位の身長だが、体つきは自分よりずっと細く華奢という言葉がよく似合う少年…鷲村ユキヒデ。

小さい頃からの友人であり、ビーダマン関係ではライバル同士でもある。

自分の肩に寄りかかっているのは彼だった。

柔らかな茶髪が絡みつき、そのせいでくすぐったい。

体温が肩を通じて直に伝わり、心なしか熱かった。

時々「あんパン…」だの「もう…食えへんわ…」などという関西弁が混じった寝言が耳を突き、それが苛々を増幅させていた。

五月蠅い、考えに集中出来ない、生暖かい。


これが女子なら少しは良かったかもしれないが、
彼は男性、しかも友人だ。

男子にこんなことされてもただ迷惑なだけである。

出来れば早く起きて欲しかったが、自分から起こすのはやはり気が引けた。

腕を組もうとしたが、細い首の辺りに肘がぶつかることに気づき、止める。

足を組もうとすれば、彼を蹴飛ばしてしまう。

レイジは軽い拘束状態に陥っていた。

「早く起きろ」と念じてはみるが、その一方で彼は深い眠りに陥っている。

…人の気も知らないで…

「んぅっ」

発せられる言葉にいちいちびくついてしまう。

頭に、拳骨を喰らわせたくなった。

そりゃ寝ているほうは気楽でいいかもしれないが、こっちは一挙一動に悩まされているのだ。



ふと、彼を見てみる。

Yシャツから零れる白い肌は雪のようで、思わず触れてしまいたくなる。

剥き出しの鎖骨に細い茶髪が垂れているその様は、男の自分から見ても色っぽかった。

実に無防備である。

もし、自分が女子ならば、嬉しく思うのだろうか…。



自分は鷲村の色々な所を見てきていたから知っている。

この男、確かに顔は美形だし中身も無自覚のカッコつけだが、胃袋にル●ィを飼っていたり更に食べ方は汚かったり、時々小学生男子特有のノリでふざけていたりするなど、イケメンとは程遠い部分もあった。

(…ないな)

自分と鷲村、どちらかを女子に置き換えてみても到底恋愛対象に入る気はしない。

いつも大人びていて自分の保護者のような存在ではあるが、時々、その存在が煙たくなる時があった。

だが、離れすぎると側にいてほしくなる人間でもある。


単純だけど複雑な関係。


それが巻レイジと鷲村ユキヒデだった。



不意をついて、彼がさらに寝相を崩して自分の膝に埋もれた。

これは動揺せざるを得ない。

レイジの頭に、波が砂を押す音が流れる。

額には漫画でよくある青い線が何本も引かれた。

背景で雷が轟き、脳に直撃する。

流石に起こそうとして頭を膝から引き離すが、頭の重力に手が押し負けする。

もう、頭突きでもして起こしてしまいたかった。

この状況でも彼は食べ物の事に関してぶつぶつ呟いており、この無神経さに涙すら出てきた。


「ん…にゃ?」


ようやく目を覚ましたらしく、彼が自分から起き上がる。

状況の整理がつかないのか、訝しげに瞬きをすると目を擦りながらこう話してきた。

「レイジ……何しとんの?」

この一言に、頭の中の何かが弾ける。

完全に堪忍袋の緒が切れたレイジは顔を真っ赤にした。

「それはこっちのセリフだ、バカ村!!!」

レイジの怒り声は、バス内に響いて強力な目覚ましとなった。
 

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