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□夕暮れの誓い(クロビ)
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これはまだ、全国大会がはじまる前の話。


ナオヤによる、東西での諍いが終着しようとした頃…

レイジは、ひたすらに悩んでいた。

親友のおかげで、なんとか彼は道を踏み外さずにいることが出来た。


『憎しみの心なんかなくたって強くなれる』…

あの言葉が、忘れられない。

帰りの電車までまだ時間がある。

東ブロックをふらふらと歩いていると、気がつけばやはりどこかの路地裏に到着していた。

夕方だが陽は当たらず、ポイ捨てされた空き缶やら使い捨てたビー玉なんかが転がっている。


それは人には見せたくない、惨めな姿を具現化しているようだった。

ひんやりと冷たい壁に背中を預け、自らのビーダマンを見つめ直す。

葉のような形をした、特徴的な緑髪が前にふらりと倒れた。

今日、実力で戦って勝てたのは素直に嬉しかった。


だが、問題は他にもある。

白銀スバル、来堂オウガ、渡ダイキ。

彼ら3人の強豪を越えられる自信がないのだ。
ナオヤとは手を切った。

もう当てにはしない。

だからこそ、どうやって力を身につければいいのかがわからないのだ。

「やっぱり、腕を上げるしかないか…」

そう呟いた時、ふと、網膜に"彼"の姿が映った。

今日、自分の目を覚まさせてくれた人間、鷲村ユキヒデ。

彼ならば、何か的確なアドバイスをくれるだろうか…。

そんなことを少しだけ期待し、愛機を後ろポケットにしまい、代わりにスマートフォンを取り出す。


「…今、空いてるか?」
レイジは電話で、ユキヒデに用件を伝えた。







「スマン、遅くなった!」

10分後、彼は自分の前に現れた。

昼間となんら変わってない格好だが、シャツはよれて汗が所々染みており、髪の毛も心なしかへたっている。

彼の愛機イグルは、ナオヤのトラップと自分のショットのせいで壊れてしまったため、ここに持ってきてはいなかった。

「で、相談ってなんやねん?」

いつもと変わらない、関西弁で気さくに話しかけてくる。

それが逆にレイジの緊張を巻き起こし、彼の唇は小刻みに震えた。

「…ぁ、オレ」

「?」

小声すぎたからだろう、明らかに眉をひそめられる。

言いたいことがうまく言葉にならない。

手を強く握りしめて、なんとか伝えようとした。


"強くなりたい"、と。


「わ、鷲村…お前、西ブロックに…戻るつもりは、ない、のか…?」

思いと裏腹に、心のどこかに潜んでいた闇が形を成して表す。

「…はぁ?」

当然、ユキヒデの返答はこれ。

眼鏡の奥の瞳が、呆れたような動きをした。

無理もない、こんなことを言われては。

言葉のチョイスを間違ったことに気づき、それでも何とか話を繋げようとする。

「いや、お前が、西ブロックにいたら…どうだったんだろうって。お前も、確かに強いけど…来堂やダイキとは、まだ戦ったことないだろ?だ、だから…」


目を精一杯閉じると、黒い波が自分を侵食するのを感じた。

「…もうオレはきっと、ナンバーワンにはなれない…。だからせめて、勝てる…互角の、相手が欲しかったんだ」

溶けていく。

今までずっと抱え込んでいた闇が、溶けていくのを感じた。

胸に生暖かい針がささる。

ちくちくと、痛んだ。


彼は一度視線を落として目配せをすると、自分と真正面から向き合った。

「…レイジ」

アメジストのような瞳が、背景にある夕陽を宿しオレンジ色に染まる。

「甘ったれんなよ。お前がそんなビーダマンを嘗め腐った考えをしとるんやったら、いつまでも強くなんてなれへんわ。
そら、西ブロックに次々と実力者が出てきて焦っとるんはわかる。せやから、ナオヤに唆されたんやろ?」

図星だからこそ、何も言い返せない。


彼は真剣な表情で、放出した闇を断ち切ってくれていた。

「でも、それとオマエが強うなれんとのは理由がちゃう。結局オマエは、人のせいにして生きとるんと同じやないかい。力をつければ、何だって応えてくれる。もちろん、オロチもや」

「…………!!」

そう言われ、愛機を出して見つめてみる。

コイツはどんな時でも、側にいてくれた。

力になってくれた…。


「オレは、東でトップになったる。カケルにもカイトにも負けん。
勝ち上がれ、レイジ。お前は強いんや。その力をもっと磨けば…スバルにだって負けへんはずや」


光と影、かつて彼は自分との関係をそんなふうに比喩した。

それが少々違う意味ではあるが、今まさに顕著に表れようとしていた。

「な?オレもまた、お前とリベンジマッチがしたいんや」

そう言って、彼は自分の肩に優しく手を置いた。

涙腺が刺激される。

涙を流しそうになるのをぐっとこらえて、レイジはうつむいた。

「そうだな…ありがとう、鷲村…」

彼はニッ、と歯を出して笑うと、

「おーきに♪」

と言った。


レイジは、瞼を閉じてすっと涙を流した。

傾く陽の中で、2人の影は橙の光を受けて輝いた。



結局、見送りまでついてきて貰うことになってしまった。


なんだか申し訳ない気分になりつつも、談笑が楽しかったため甘えてしまった。

話題はたいてい、クロスファイトの話ばかりである。

『ナオヤがどうなるのか』とか、『新しいシステムマガジンは試したのか』とか。

「じゃ、オレはこれで。今日は本当に…サンキュ」

列車に乗り込み、手を振る。

「気ーにすんなってー!また何かあったら言うてくれや、相談に乗るで?」

最後まで彼は、笑顔を忘れずにいた。

レイジは少しだけ口元を綻ばせると、拳を握りしめて言い放った。

「オレ、なってやる。白銀もお前も超えて、統一チャンピオンにな!!」

「おう!!そのためにまず、お互いブロックの優勝や!!」

「ヘッ。そうだったな。鷲村、勝ち上がって来いよ?」

「そっちもな」


『1番線、ドアが閉まります…危険ですので、白線の内側に下がってください…』

空気を読まないアナウンスが流れる。

それを機にレイジは手を軽く動かしながら車両の中へと進んでいった。


「お互い!!絶対優勝や!!」

ドアが閉まる直前、彼の嬉しそうな声が耳に届いた。

列車が発車する。

進む時の中で今日1日あったことを噛み締めながら、レイジは少しだけ笑っていた。

窓の外を見れば、彼のイメージカラーが世界を覆い尽くしていく。

幻想的な雰囲気のなか、レイジはオロチに目線を移した。

「ありがとよ、こんなオレについてきてくれて」

『了解。データ蓄積、完了』

オロチもレイジを見て、礼を言った気がした。

世界がオレンジに染まる中、列車は静かに、帰路へと向かっていった。
 

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