creation

□47話中(クロビ)
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夕暮れという文字がとても似合うオレンジ色の景色の中。

「嘘…」

稲葉ナツミの目には、肩を震わせて立ち竦む、自分より少し背の高い少年の後ろ姿が映っていた。


本来の目的はその少年に取材をしに行こうと考えて出かけてきたものの、そこで見たのはほぼ一方的な試合内容だった。

皇リュウジが、鷲村ユキヒデに勝負を挑み圧勝したのである。

そして敗者であるユキヒデは、大事な大会の前に大切なものを失ってしまった。

愛機、イグルが破壊されたのである。

オレンジの光を受けた道路には、本体から取れた左翼が転がっている。

拾ってみると、接続部分が通常有り得ない変形をしていた。

一体何をすれば、ここまで壊すことが出来るのか。

「鷲村くん、これ…」

「…ナツミちゃんっ!?」

存在に気づかなかった様子のユキヒデが、首だけ振り返って彼女の姿を捉える。

水が垂れて塩が固まった跡が目尻から顎にかけてはっきりと残っていた。

どうやら泣いていたらしい、少し声も上擦っている。

「恥ずかしいところ見せてもうたな」

彼は鼻水を啜ると、人差し指と中指で眼鏡を上げなおしてどこか吹っ切れたように口を開いた。

作り笑顔が痛々しい。

ナツミが差し出した翼を受け取ると、彼は背を向けて去ろうとする。


しかし足を踏み出した瞬間に、彼は顔を苦痛に歪めて右腕を抑えた。

白いシャツに、僅かだが血が滲んでいる。

そういえば、最後の一撃で派手に飛ばされてアスファルトに右半身を叩きつけられたのだった。

痛くないはずがない。

「鷲村くん、ケガ…」

「いや、大丈夫や。それよりナツミちゃん、もう暗なるし早よ帰ったほうが…」

こんな状況でも人のことを心配するユキヒデの態度に、ナツミはムッと表情を変えた。

「ダメよ!!こういうのほっとくと大変なことになるんだから!!手当てするから、ほら中に入って」
「えぇ、あ、ちょ…」

ナツミはユキヒデの腕を掴んで引っ張ると、そのまま彼の家の中に入っていった。











ユキヒデの家の一室で、救急箱を探し出すナツミ。


出したものを放りっぱなしにするため、必然的に部屋が散らかり出す。

端からみれば完全に荒らしだが、ユキヒデは呆然としたままただそこに立っていた。


「…そこの棚の一番下やで」

「ん?あっ、ほんとだー!ありがと、鷲村くん!」

ようやく見つけた箱の中から消毒薬とガーゼ、それから包帯を取り出すと、ナツミは真剣な、しかしどこかうきうきしたような表情で「腕出して」と言った。


渋った顔をしつつも、言われた通りにYシャツの袖のボタンを外し、右腕を出すユキヒデ。

肘辺りに何ヶ所か擦り傷が出来ていた。

今は少し血が乾いてきているが、それでも怪我に変わりはない。

ナツミはガーゼに消毒薬を染み込ませると、それを優しく傷の部分に押し当てた。

「…っ………」

染みたらしい、眉がピクピクと動いている。

「痛い?」

「まぁ、な………」

こんな会話をしていると、独特な薬品の香りがぷんと鼻をついた。

続いてナツミは包帯を出し、ガーゼを取ってから器用に巻いていった。


「随分、手慣れとるんやね」

「カケルがしょっちゅう怪我するから。ほらあの子、冒険家目指してるでしょ?それで真似事やって絶対どっかに傷作るの」

「カケルならありえるわな」

「でしょ?はい出来たっ」


巻き終えると、ナツミは笑顔で道具をしまった。

「ありがとうな」

「どういたしまして。ところで鷲村くん、どうしてあんな試合を?」

作業を終えた瞬間に痛いところを突かれ、ユキヒデが途端に顔を歪める。

ユキヒデはしばらく黙りこくると、目を細めてから答えた。

「…グンがリュウジにやられたからや」

「えっ……」

グン、の名前を聞いてナツミが驚き、悲しみ、動揺の色が混じった表情を浮かべる。


「どうやら、GPファイナルに出場するビーダーを潰し回ってるらしいんや。このままリュウジを放っといたら、また他の奴らまで襲い始める…せやから、オレが止めようと思うたんや」

フッ、と自嘲するように笑う。

「結果は見ての通りや。イグルが…あんなになってもうた。情けないわな……ミイラ取りがミイラや」

疑問をついたのがまずかった、一気に空気が沈下し気まずくなる。


ナツミは一度視線を床に向けると、再び彼と向き合った。

「情けなくなんかないよ。だって、止めようとしたんじゃない。かっこよかったよ、皇くんに立ち向かう鷲村くん」

「ナツミちゃん………」

「明日、アキラさんとこに行きましょうよ。もしかしたら直るかもしれないよ、イグル」

「…………せや、な」

ユキヒデが作った笑顔の中に、少しだけ嬉しさの色が表れる。


それを見て安心したのか、ナツミはニコッと笑うと「じゃあ明日、また来るから」と言って席を立った。

別れの挨拶をして、そのまま帰路につくナツミ。


ユキヒデは彼女の後ろ姿を寂しそうに見つめながら、抱いた温かな感情に初めての感覚を覚えた。
 

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