creation

□承認欲求(クロビ)
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…あれは、何年前のことだっただろう…
いつだったかはもう思い出すことも出来ないが、あの嬉しさは忘れられない。
白い背景に、うっすらと浮かぶ人物がいた。
あの御方だ。
そうだ、ここは、初めて会った時の記憶…
「君を、西エリアのBマスターに認定する。不知火ビャクガ…」



そこで、目を覚ました。
夢だったかと今になって気づく。
朝日が窓から入り込んでくるが、正直、さほど気にならない。
「起きたか、御曹司」
ベッドの横に置いておいた、自身のパートナーであるレイドラが話しかける。
「………………」
それを無視して着替えを調達しに行く。
パートナーでありロードファイトの武器であり、幼少期からの友ではあるのだが、このお喋りは若干鬱陶しかった。
しかし自分は、あの御方以外の人間と対話する気はさらさらないので、自分が言いたいことは殆ど彼に代弁してもらっている。
余計な口など、聞きたくはなかった。
また今日も、特訓して、あの御方に誉めてもらって、ロードファイトで他のビーダーを下すという、不知火ビャクガの日常が始まった。




クロスファイトで主催者から没収した、DXブレイクボンバー7を使って特訓をする。
ブレをほぼ完全に無くしたバスタークライスレイドラなら、こういった競技でまず負けることはないはずだ。
しかし…
「…御曹司、まだ…」
レイドラが注意するも、それはビャクガの耳に届かず彼はビー玉を発射した。
だが、それは動く競技台の壁に阻まれ、ターゲットであるグリーンボムには命中しなかった。
「!」
僅かに、感情が蘇る。
駄目だ、集中しろ、今は競技だけに…
そう思えば思うほど、あの忌々しき存在が頭の片隅をよぎる。
御代カモン。
自分が尊敬しているあの御方…御代リョーマ様の弟にして、かつての南エリアのBマスター…
妬みからか、レイドラを握る力が強くなる。
「御曹司?」
愛機もそれに気づいたようだが、ビャクガは、それに構うことなくまた無意味に弾を打ち出し続けた。





何やら物音がしたので来てみると、薄暗い部屋の中心に長身の少年の後ろ姿が目に入った。
あの下はねした寝癖が特徴なのは間違いない、不知火ビャクガだ。
正直わたしは、彼のことが気に入らなかった。
自分の手柄を持っていかれた。
それがわたし、カオスを苛つかせた。
尤も、御代カモンはそれ以上に腹立たしい存在なので利害は一致しており、こうして行動を共にしている訳だが。
ただ無心でビー玉を撃ち続ける少年の姿を見て、カオスは、彼のことについて考え出した。
第2回西エリアクロスファイトの裏側で、不知火ビャクガについてはすべてレイドラから聞かされた。
彼は………
『愛を知らずに育ったんだ』
不意に、レイドラの声が脳内で反芻される。
…まあいい。
そのまま、あの時の話の再生を続けた。
『御曹司…ビャクガは、不知火家の跡継ぎとして生まれた。そのため幼い頃からビーダマンを始め色々な習い事をさせられた。だが、どんなに頑張っても、誰も認めてくれなかった。友達はおろか、親にも見放され、寂しい幼少期を過ごしたんだ。そんな時出会ったのが…』
「グランドBマスター、御代リョーマ…」
カオスは不意に、その名を口に出していた。
それにビャクガが反応し、修行を止めてこちらを振り返る。
「…来ていたのか、エージェント・カオス」
それから口を開いたのは、やはりレイドラの方だった。
「はい。何事かと思いましたので」
階級化社会である以上、Bマスターには逆らえない。
それは当然、グランドBマスターの側近である自分でも、だった。
敬語の中に多少の嫌みを交えて話すも、ビャクガは至って平常心である。
そのままビャクガは、くるりと競技台に向かうとまた特訓を再開した。
…その頭には、リョーマ様と初めて出会った時の映像が鮮明に蘇っていた。




ある晴れた日の事だった。
ロードファイトに勝利し、命令をしようとすると敗者は泣きべそをかいてびくっと肩を震わせると、そのまま逃げ出した。
「…いいのか、御曹司?」
寂れた路地裏にレイドラの声が響く。
周辺の街並みはほぼ廃墟と化しており、こんな所にいる人間も自分くらいだろう。
「…構わない。命令する事がない」
ひどく落ち着いた声で振り払うと、その場から一旦、離れようとした。
ちょうどその時だった。
「君が、不知火ビャクガ君だね?」
声に驚いて、振り返る。
そこには、自分よりも背の高い男性が立っていた。
逆光のせいで顔が窺えないものの、ビーダーだという事はわかる。
すると、無意識のうちにレイドラを向けてしまったらしい、目が解析をし始める。
「オールコンディション、クリア。ロードファイト、スタンバイ」
エンブレムチャージが光った。
これではもう、対戦を断れない。
「一戦、交えてみてもいいか?」
笑顔で相手にそう言われ、ビャクガはそれを受けた。
――――それから数分後、決着は着いた。
自分は…初めて負けた…
ビーダマンの腕は、それなりに自信があったものの、それでもかなわなかった。
この人に………
ビャクガはがっくりとうなだれると、握れるはずもないアスファルトに爪を立てた。
「…命令は」
口が勝手に、その言葉を発していた。
そうだ。
敗者は勝者に逆らう事は出来ない。
決して…………
だが、覚悟して目を閉じていると、拍手の音が耳に入り、ハッと顔を上げた。
対戦相手は笑顔でこう言った。
「素晴らしい…。ナイスファイトだ、少年。いい試合だったよ。ありがとう」
「…………ぁ……」
もはや何も言うことが出来なかった。
"喋るな"と命令された訳でもないのに…
ただ、目の前の人間が、神々しく見えた気がした。
後光を受けたその青年は、自分に構うことなく続けた。
「君には、ビーダーとして歩んでいって欲しいと思う。不知火ビャクガ。君を、西エリアのBマスターに認定する。これが命令だ」
突然の展開に、ビャクガは目を丸くする。
今、何が起こっているのか、さっぱりわからなかった。
ただ、Bマスターという格上の称号を与えられたことに、喜びを感じていた。
「…いいんですか…僕なんかで…僕は……」
「ああ。君は素晴らしいビーダーだ」
その言葉に、今までに感じたことない衝撃を受けた。
脳内でアドレナリンが急速に生産され、分泌され、ビャクガの心に染み渡っていく。
その笑顔は、本当に仏のように思えた。
それから踵を返して去ろうとする後ろ姿に、ビャクガは思わず立って話しかけた。
「待って下さい!」
いつの間にか敬語を使っている。
ものの数分で完全に、主従の関係が成り立ってしまっていた。
「貴方の、お名前は…」
彼は首だけ振り返って微笑むと、その名を自分に告げた。
「御代リョーマだ」




そんなことを考えながら2発連射をすると、1発は命中したもののもう1発は外れた。
うっかり、思い出に集中がいってしまったらしい。
あの喜びをもう一度味わいたい。
もっと彼に満たされたい。
もっと彼に、愛されたい。
…だからこそ。
(御代カモン…。奴をもう一度完膚なきまでに潰し、自分が彼の一番になる!)
ビャクガはそう決意し、怨念を込めた弾でグリーンボムを正確に撃ち抜いた。
 

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