指に触れる愛

□鱗
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テレビ出演の関係で日本に戻ってきて、数日。
日程の合間には、スポンサー関係のインタビュー取材や撮影が入っている。

珍しく早く終わって、まだ外は少し明るい。

「会社に迎えに行ってみようかな」

確か二週目の金曜日がノー残業デーだと聞いた。
なぜ、そんな会話になったのか忘れてしまったが、まさしく今日はその日だ。

前に、部屋の机の上に無造作に置いてあった社員証。
そこに付いていた証明写真が珍しくて、彼女が風呂に入っている間にこっそり写メしたのを保存した。そこに書いていた会社名と前にちょっとだけ場所は聞いていた。

早く会いたくて、びっくりさせたくて。

帽子とマスクがあるから、そんなにばれないと思いたい。


ビルに着いて、はしっこの方から出てくる人波を観察した。

色々な会社が入ってることもあって、信じられないくらい出入りがある。
金曜日のアフター5は、連れだった人達の会話で溢れていた。


でも、そのなかで奇跡的に、見慣れた姿を見つけた。
夏用のスーツに、首にかけていた社員証を鞄に直しながらこちらに向かってくる。


「蓮!」


僕が呼ぼうとしたとき、先に。

小走りに後ろから来た男の人が、僕の呼び慣れた名前を呼んだ。
振り返った彼女は立ち止まると、二人が並ぶ。


“誰?”


再び歩き出したそのふたりの距離と表情。
ふたりの距離は近くて、穏やかで、見たことない女の顔に見えた。

我に返った僕は、ふたりの後を追う。

これから、家に行くことにしていたから、なんにせよ同じ方向だ。
何を話しているのかは全く聞こえないが、親しい仲とわかる雰囲気にただ打ちのめされた。

電車に乗り込んで、見失わないように距離をとりつつも近場で見つからないように注意して。
帰宅ラッシュの時間に入っているので、車内は混雑して、ふたりの距離もやむを得ず近くなる。


僕は、気づいてなかった。


自分が望んでさえいれば、ずっと一緒にいられるって思ってた。

でも、僕より傍で支えてくれる人が見つかってしまったら、その時は彼女が僕の手を離すかもしれない。近くでいつもそばにいて、悲しいとき、辛いとき、嬉しいとき話を聞いてくれるような人だったら。今の自分には出来ないことが色々出来る人だったら。


ふたりは小声で話をしながら、時々笑った。
僕は、彼女を笑わせることが出来ているだろうかって、ふとそんな罪悪感がよぎる。

“あっ…”

僕の視線の先で、その男は彼女に触れた。

触れたといっても、多分ごみがついてて取り払ったとかそんなレベルだったけれど。

こんなに自分が嫉妬深いタイプだったかと思うくらい、酷い独占欲。
触っていいのは、俺だけだって。

僕らが降りる駅まであと2駅になった時。
相手の男は降りていった。

笑顔で手をふって、ふたりは別れる。


また走り始めた電車のなか。
彼女はスマホを取り出すと、少しして僕のスマホが震える。

“何時ごろ終わりそう?”

仕事終わり一番にしてくれたことが、僕のことで、それだけで少し自信が取り戻せた。

どうしようかと思っている間に、降りる駅に着いて。僕の方が階段に近かったから先回りして、駅の外で待つことにした。



「蓮」



マンションに一番最寄りの出口で、階段を上がってくる姿に呼び掛ける。
さっきできなかったシチュエーションが、今度は僕の声に顔を上げてくれて、驚きの表情になる。

「ゆ、…どうしたの?」

僕の名前を呼ぼうとして、周りに人がいることに気づいて辞める。

「早く終わったから、待ってた」

「家に行ってくれてたらよかったのに。暑かったでしょ?」

僕の隣に並んで、見上げてくる瞳。
僕は、人目があるのを無視して、彼女の手をとった。しっかりと握る。
意外そうな、気にするような視線を感じたけれど、どうしても今日はそうしたくて。

「晩御飯、なにがいい?」

スーパー寄らないといけないけどいい?と続けられた質問に、彼女の手料理で一番好きなものを答えた。

近くのスーパーで、買い物カートを押す。
そこに彼女が色々な食材を入れていくのを眺めながら、こういう日常的な事を重ねていけば僕との先の事ももっとリアルに感じてもらえるかなぁなんて考えた。
ヨーグルトを選ぶ後ろで、僕は彼女の好きなシュークリームをふたつ取ってかごにいれる。

「そんなの食べて良いの?」

「その分動けば大丈夫でしょ。それに、これ蓮が好きなやつでしょ?」

「そうだけど…覚えてくれてるんだ。」

ちょっとはにかむ顔が好き。
意外とちゃんと覚えてるから。

ふたつに分けた袋を一つずつ。
やっぱり僕は今日は譲れなくて、片方の手をもう一度繋いだ。

今度は何も言わずに繋がれている。

マンションについて部屋に入ると暑い空気を換気したら、エアコンをつけてくれた。
夕飯の支度を始める彼女の横で、残りの食材を冷蔵庫に詰める。ちゃんと暗黙のルールにのっとって、それぞれの食材をしまう。

「暑かったでしょ?」

片付けた僕にお茶を差し出してくれて、水分補給しながら、夕飯が出来るまでの時間を新しいゲームで過ごすことにした。



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***

歌ネタではあるのですが、あくまでイメージというところです。

設定時期とかそのへんは、あくまで妄想なので、すみません。
切ない系?を書きたいなぁというところで。続きますー。



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