Kiri

□Lapislazuli
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ある日の午後、私がオペラ座散策から帰ってきてみると…いつの間にか住処に来ていたレジーナが、私の愛猫アイシャに話しかけていた。

その姿が余りに珍しかったので、私は通路の裏側に潜み、暫く聞き耳をたててい
たのだった。



「ねぇ、アイシャ。あなたって、とっても羨ましいわね…いつもご主人様と一緒だもの。

朝起きるときも、寝るときも、食事の時も…離れようと思わなければ一緒だわ。

可愛く鳴けば、ご主人様はかまってくれるでしょう?だって、アイシャはとっても可愛いんだもの。髪だってつやつやだし…気持ちいいし。むしろ触りたくって仕方ないわ。

我が儘いったって、可愛らしさが増すだけよね…。叶えたくなっちゃうんだわ。

…こんなこと、あなたに言っても仕方がないのに…何言ってるのかしら、私。

ちょっと嫉妬してみただけよ。我が儘を言いたいわけじゃないの。」

こそりと覗いてみると、彼女はアイシャの艶のある髪を撫でながら、一方的に話しかけている。アイシャの方は、あまり興味も無さそうにしているだけだった。

「我が儘を言われるっていうのもアリなんだけど…。私、あんまり我が儘って言わないから、言われた方が向いてるのよ。

でも、彼ってあまり我が儘とかいうタイプじゃないわよね?どちらかといえば、ストイックだもの…。

それとも、アイシャには言うのかしら?我が儘っていうか…そうね。今日は疲れたよ、とか。まぁ、あんまり何をいうのかも思いつかないのだけど。オペラの良し悪しの愚痴なんか?

私には…何も言わないわ。

レジーナ、今日は帰らないでとか。傍に居てくれないかとか。…言わないわよね、そんなこと。」


彼女は一気に色々喋って…遂にアイシャが愛想をつかせて、どこかに行ってしまった。

「結局、私の方が…好きなのよ。触れたいのも、傍に居たいのも…欲しいと思うのも…」

そう呟いて、彼女は溜め息をついた。




私は、彼女の思いもよらない一連の告白に驚いていた。

彼女の一族は、とにかく目立つ。
5人兄弟の中で、上の兄二人は既婚者だからそれほどでもないが、とにかく末っ子二人は人目を惹くのだ。漆黒の髪は珍しいから目立つし、オペラ座に訪れる時、席に着くまでにどれだけの紳士、淑女が兄弟の気を引こうとしているのか、まるで分かってはいない。広間の隅で、どれだけ紳士達の卑猥な妄想を掻き立てているかなんて。


嫉妬したり、心配したり、やきもきしているのは私の方だ。
こんな地下深くの闇の世界に住む私を、愛してくれるなんて奇跡なのだ。いつ、愛想をつかされても仕方がない。今なら、まだ欲を抑えることが出来る。いつか、そうしたように…。

だが、最後の一線を越えてしまったらどうする?

きっと、離せない。

第一、もし拒否されてしまったら…立ち直れそうにない。


私は今も、愛にまだ臆病な人間なのだ。


二人、いや、正確には一人と一匹のやりとりを見ていたのだが、レジーナは待ちくたびれたのか、帰ろうと準備をし始めていた。


私は慌てて、しかし、盗み見していたなんて悟られてはならないから、今帰った風を装って隠し通路から出る。


「レジーナ、来ていたのか…。」

「えぇ、お帰りなさい。」

振り向いた彼女は、先程までの思考に囚われているのか、浮かない表情だった。

出来れば、私に逢えて嬉しがって欲しいのだが…。


「もう帰ろうと思っていた所だったの。アイシャと遊ぼうとしたのだけど、愛想を尽かされてしまったし。私、アイシャにはあまり好かれていないものだから…。」

「それは、主人が別の女性に夢中だから、アイシャは嫉妬しているのではないかな?」

ユーモアたっぷりの口調で、本心を織り混ぜ、彼女の反応を伺う。

「そうね、彼女のご主人様は音楽の天使に夢中で、オペラ座に出掛けていたんですもの。アイシャは嫉妬するのに忙しくて、私の相手なんてしてくれはしないわ。」

私の言葉に皮肉で返す彼女に、少し苛立つ。ここは、レジーナに夢中だと素直に受け取って…良い雰囲気にさせてもらいたかったのに。一筋縄でいかない人だ。

「レジーナ…」

彼女の腕を取って引き寄せ、片手で顎のラインを辿り上を向かせる。そして、徐々に距離を詰めると…やがて彼女は瞳を閉じた。吐息が触れる距離で、私は彼女を見つめる。唇が触れ合うまで後僅かの距離。

いつまでも落ちてこない口付けに、彼女はゆっくり目を開けた。

「レジーナ、欲しいか…?」

そうして、いつもなら私の望む返答が得られ、満たされた私は彼女に深く口付ける。はずなのだが…

「…だったら、いらないわ。」

今日は違った。

「待つんだ。」

私の腕を振り解き、彼女は帰ろうとする。さっきまで、あんなに…。

「貴方は酷い人だわ。いつもそうよ。私だけ、貴方が欲しいと思ってる!!いつも、最後に私に言わせようとする…。私はいつだって欲しいわ。貴方の愛が…。」

最後は泣きそうな声音で叫んだ彼女。

「レジーナ、すまなかった。待っておくれ。」

背を向けた彼女の手を取って引き止め、もう一度抱き寄せた。抵抗は無い。深く抱き込んで、あやすように背を撫でる。

「レジーナ、愛しているよ…」

出来る限り甘い声音で囁き続けると、やがて彼女が「取り乱して、ごめんなさい…」と小さく呟いた。

「私が悪かった。私は…臆病者だから、お前に拒絶されたらと想うと怖いのだよ。」

「拒絶なんかしないわ…貴方を愛しているもの。」

やっと穏やかな空気が漂い、私は安堵する。名前を呼んで、彼女の口唇に触れた。


このまま、彼女の全てを私のものにしてしまおうか…


口唇から頬に、頬から首筋に…そのまま鎖骨まで行こうとした所で、彼女に止められた。

「駄目。今日は駄目だわ。私、もう帰らないといけないから。」

「帰る?拒絶するのか…?」

こんなに良い雰囲気なのに?
こんなに求めているのに…

「私は、駄目とは言ったけど、嫌とは言ってないわ。今日は、シャニー家の晩餐会なの。クリスティーヌとメグを連れて行くの…2人の準備も手伝わなければならないのよ。…どうか分かって。」

私は、渋々、腕を解いた。

「今日で無ければ良いのか?」

私が、悪戯に問うと彼女は紅くなった。

「えぇ…」

消え入りそうな声だったが、確かに肯定したのだ!

「レジーナ、キスをして。」

私が、今日のお預けの最大の譲歩でそう囁くと、彼女は大変に驚いた顔をして…微笑んだ。

そして、私にとびきり甘い口付けをくれたのだ。

「たまには、そうして我が儘を言って頂戴。」

あぁ、そうか…。
今、私は彼女が欲しがっていた我が儘というやつを実行したのだ。我が儘というやつが、こんなにも幸福を返してくれるなんて思ってもなかったから、たまには使うことにしようと思った。


「晩餐会ではくれぐれも気をつけるのだよ。」

彼女を他の男に捕られやしないかと心配でそう言うと…「貴方以上の人は居ないわ」と返事が返ってきたので、満足して、私は送り出したのだ。




そして…

私と彼女が愛を交わせたかどうかは、また別の話。


end


★★★

200HIT申請してくださった豆柴様のリクで、「甘い雰囲気+アメと鞭(寸止め)」だったわけですが・・・。あんまり甘い感じはないような;なんかすみません;

タイトルの「ラピスラズリ」は9月の誕生石。嫉妬や怒りを払いのける、という意味も持ちます。恋愛に絶大なパワーを持ち、目先の幸運ではなく、持ち主に試練を与えるのだとか・・・。

うちのヒロインと、ストーンはかなり深く結びついているので、ストーンシリーズは多くなる予定。これは、第一作ですね〜。


なにがともあれ、豆柴様、リクありがとうございました!!!






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