Kiri
□OPIUM
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ひと月ぶりの逢瀬で直感したのは、彼女の躯が変わったということ。
「レジーナ」
キッチンでお茶を淹れている彼女の背中に、声をかけ…そのまま、後ろから抱きしめる。
彼女の細い肩を抱くと、易々と私の腕に納まり、囲うことが出来た。
「エリック、お茶を淹れているのよ、危ないわ。」
咎める彼女の声。
けれど、その声音は優しく私の耳に届いてくる。
砂時計を返して、紅茶が開くまでの三分間の空白。
「ひと月逢えなかった…どれほど寂しかったか。何をしてた?」
「ジェームス兄さんの所に、そう、私の故郷に戻っていたわ。農園を手伝ったりして、私の家族の様なみんなと過ごしていたの。
貴方は新作オペラの作曲と、次のオペラに向けてクリスティーヌのレッスンを毎日する事になっていたじゃない。邪魔をしたくなかったのよ。」
彼女の髪に触れた手を頬に、顎のラインを辿って、上を向かせると口付けた。久しぶりの感触…。
肩に置いていた手を、腰まで降ろし、距離を詰める。コルセットを着けない彼女。抱き寄せると私とは違う柔らかさが伝わる。私はそれを大変気に入っていた。
キスの後、彼女の腕を取り、細い手首の内側にも口付ける。
「香水を変えた、それに痩せたろう…?」
「なんでもお見通しなのね。」
彼女は微笑む。
だが、私は笑う気にはならない。
痩せたのは、多分農園を手伝って、普段より動いたせいだろうが。
「ムスク、サンダルウッド、イランイラン、アンバー、バニラ…」
「貴方って、どれだけ天才なの。」
苦笑した彼女。
「オリエントの香りは媚薬として効果のあるものが多い。…どういうことだ?」
彼女の新しい香水を紐解いてゆく。
ラストノートの複雑な温かみの中に私が見つけ出した香りは、ハーレムの中に溢れていそうな香りだった。いくらかの花や果実の香りも複雑に絡み合っては居たが…。
彼女が愛用していたものは、もっと軽やかで花の香りが多く香るものだったはず。
官能を刺激する、甘く、重い…彼女の新しい香り。
「ひと月ぶりに逢う恋人を誘惑したいからと言ったら…?」
「その応えには、喜んで乗るがね…」
もう一度…キスを。
彼女の結い上げている髪を、解く。はらりと宙に舞う漆黒が、私の指に絡みついた。ひとしきり、彼女の髪を弄び、そこから背のラインを辿り、よりほっそりとした腰へ。
顎に添えた指先で更に上を向かせれば、彼女は私を口内へ導かざるを得ない。主導権を握りながら、私は彼女を堪能する。
だが、本当に追い詰められているのは、多分私だ。
合わせた視線は…官能を宿して、より深いアメジストに見えた。
だがきっと、私の方が飢えた目をしているだろう。
「エリック、お茶が…」
当の昔に、砂時計は時を刻み終えていた。
この期に及んで、そんな事を口に出来る彼女が憎らしく、それ以上に愛しかった。視線を外した彼女、頬が紅くなっている。恥じらいは許すが、離したくはない。
「もう、待てない…」
耳朶を柔らかく噛み、囁きを吹き込むと、彼女を抱き上げた。
行く先は決まりきっている。
ベッドまでの道のりがやけにもどかしい。彼女の指が、悪戯に私のドレスシャツのボタンにかかる。待てない、と囁いた私への無言の返答。その仕草が私をの足を更に逸らせた。
華奢な躯を、深紅のヴェルヴェットのシーツに縫い付ける。
「レジーナ」
「っ、」
私は知っていた。
私が、ワザと殊更に意識してある声音で彼女の名を囁くと、彼女の官能が呼び覚まされることを。
「エリック…」
彼女の細い指先が、私の仮面を剥ぎ取った。そして、髪にも…。
「私の前では、貴方はだだのエリックよ…。」
彼女の言葉はいつも、私を自由にする。
ファントムでも、ゴーストでもなく、だだの人。今は、彼女を欲しがっている、欲深い男でしかない。
そして、彼女もまた然り。
こういう時に、自分の器用さに感謝することになろうとは思っても見なかったが、彼女のドレスのボタンを片手で開いてゆく。徐々に露わになる肌に、余す所無く口付けていった。
「ゃ…ダ、メ」
胸元の深くも浅くもない際どい場所に。
私は自分の所有印を押す。
夜会用ドレスで、隠せるか隠せないか…隠せたとして、空きが浅いドレスしか着れまい。深い襟刳りのドレスなど着させない。ただの独占欲と言われようとも。
「っ、レジーナ、」
私のドレスシャツの襟刳りから入り込んだ彼女の手が、私の背を辿り愛撫する。
何故彼女に触れられるとこんな風なのだ…シャツを脱ぎ捨て、彼女のドレスも剥ぎ取った。下に合わせていた薄物のシルクが、彼女の躯に纏わりついて、官能を煽る。
早く、早く…今夜は、私だけのものだと感じさせてくれ。
彼女と額を合わせながら、お互いに…隔てるものなく素肌をも合わせる。
私が頬に寄せた手を彼女は取って、私の指先をそっと噛んだ。なんて、淫らな人…そんな風にしてしまったら…。
「ひと月の間に、なんて誘い方を覚えてきたんだ…?」
あの声音を使って、彼女の官能を煽る。
首筋の敏感な所を辿ると、オリエンタルな香りが強くなる。私の愛撫に感じる、愛しい人…。
煽り立てられて、彼女の秘めやかな場所を開く。足先が、ヴェルヴェットのシーツを蹴った。彼女が噛んだ私の指先が、その奥を暴き立てる。彼女が乱れる様は美しい…そして、やがて私を受け入れるはず。
「エ、リックっ…」
切羽詰まった囁きを耳にして…。
レジーナ、おいで。
私しか見えない、私しか感じられない場所へ。
お前を快楽の高みに連れてゆけるのは、私だけだと…。
彼女の解けた躯が、私を受け入れる。
彼女の指が私の髪を愛撫し、引き寄せた。
「エリック、…もっと、感じて…」
口唇が触れ合う寸前の囁き。
彼女が、私の口内を犯すのを受け入れ、腰に足が絡んでくる。深く繋がると、後は高みを求めることしかなくなってしまう。優しく抱こうという決心も、もっと感じさせたいと思っていたことも…忘れてしまうくらい、私が彼女に溺れるのだ。
主導権を奪い返し、私から口付けを。彼女の言葉にならない啼き声が、私のリズムに共鳴する。
私を快楽の高みに連れてゆけるのは、お前だけだ…。
登り詰める寸前、彼女が私の背中に爪を立てた。
気怠い、そして満たされたひと時。
彼女の頭が胸に乗り、ぴったりと躯が合わさって、心地良い体温と重みを感じられる。彼女の髪を撫でては弄んでいた。
彼女がゆっくりと、起き上がる。
そうするとブランケットが躯から剥がれ落ち、彼女の華奢で優美な躯を露わにした。
「どこにいくんだ?」
「喉が渇いたから、お茶でも…苦くなりすぎてるでしょうけど。」
彼女が、意地悪な表情でそう言った。
急性に求め合ってしまったから・・・。
「レジーナ、新しい香水の名前は?」
ベッドを抜け出して、私のドレスシャツをはおっている彼女の腕を取る。一瞬でも長く温もりを留めたくて、私は問うた。
「…オピウム」
彼女の告げた、一言。
それは私にとっての彼女、そのものだと思った。
「OPIUM」…"阿片"の名を持つ香り。
阿片の魅せる夢幻は、人を喰らう。そうして、それが終えた時の現実は辛い。
何故だか不安なのは、この腕を放して…彼女の愛が失われたら、彼女がもし私の甘美な夢幻だったなら。もう昔の様な孤独を受け入れられないだろう。
「レジーナ、愛していると言っておくれ。」
引き留めたままだった腕をそっと引き寄せた。腰に腕を回し、彼女の胸に顔を埋める。ラストノートも消えかけたOPIUMが微かに鼻孔をくすぐる。
「今日は随分触れたがるのね。」
彼女が微笑むのが感じられて、私の背に腕が回される。頬に触れてきた指先に上を向かされると、彼女の真剣な眼差しがあった。
「愛しているわ。このひと月で知ったのは、貴方の居ない夜がどれほど長いかということだけだった。」
彼女がくれた口付けは甘く。
決して、覚めない夢。
私は安心して、深く彼女の香りを吸い込んだ。
END
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500Hit、パピヨン様からのリクで「激甘裏」でした・・・。
激甘かも、裏かも微妙でなんかいろいろすみません;うむむ・・・。そもそも、オペラ座の夢小説界って、裏ノベルあんまり無いよね・・・;私だけかしら、発見できない人;
ちなみに、オピウムはイヴ・サンローランの香水です。ここでのヒロインの常用香水は、ジバンシーの「フルール・ダンテルディー」な設定。