Kiri

□milk tea
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「ねぇ、エリック。」

「なんだね?」

いつものように私が淹れたお茶を飲みながらの会話。
彼女は新しいカップに気付いたようで、繊細な模様を眺めている。

「エリックのお茶はいつも美味しいんだけど…たまには異国の飲み物を淹れてみてくれないかしら?」

「異国の…?」

「そう。例えば…トルコの甘い珈琲とか、ロシア風のレモンティーとか…ペルシャのものとか。」



彼女が、唐突に…しかも、躊躇いがちにそんな事を頼んできた。
内容としては、材料さえあれば、容易い願いだったが…。


「どうして、またそんな事を思いついたんだ?」

「ナーディルと話をしていて、急にそう思ったのよ。」

「ナーディルと…、ん?ナーディルといつ知り合ったんだ?」


私は、彼女のが口にした名前に、私は驚く。ナーディルは、確かにこのあたりに住んではいるが、彼女と知り合いになるような接点は全く浮かばない。強いて言えば、オペラ座だが、この内部で知り合えば、私が知らないはずはない。しかも、彼からもレジーナの名前を聞いたことはない。ほのめかしたことさえ、ない。

「最近知り合ったのよ。オペラ座の外で、声をかけられて…。貴方の友人だと聞いて、とっても驚いたんだけど、話してるうちに意気投合したの。」

なんとも、私の知らない話がぽんぽん飛び出してくるものだ。
彼女とナーディルが意気投合?大体、何故奴が彼女に声をかけねばならないのか。またオペラ座周辺をかぎまわって、妙なことを考えたのか?
最近の私は大人しいものだし、すっかり害を与える怪人という感じではなくなったではないか。もちろん、給料に見合うだけの働きはしているが。

他にも言いたいことはある。

「お前、奴のことをナーディルと呼んでいるのか?」

「えぇ。だって、彼、私のことをレディ・ファウラーって呼ぶから、それが嫌で。レジーナでいいですって言ったら、それはあまりにも…とかいうのよ。だから、代わりに、私も名前で呼ぶので、レジーナと呼んでって言ったの。堅苦しく呼ばれたくないの。社交場以外は、特に。」

確かに、彼女は大抵名前で呼ばれる。あの、規律に厳しいマダム・ジリーですら彼女を名前で呼ぶ。
しかし、ナーディルが彼女を名前で呼ぶのは…想像しただけで腹が立ちそうだな。

「ナーディルとどんな話をしているんだ?」

ナーディルは、私の過去の一部分を良く知っている。そう、彼女に知られたくないようなことがほとんどだ。罪深い時代…。思い出さず、消去出来るならそうしたい。そんな事を話してはいまいか。いくら彼女でも、私の暗い過去に、嫌気が差すかもしれない。

「そうねぇ。他愛ない話ばかりだけど。オペラの話や、ナーディル自身のペルシャ時代の話かしら。あとは、ペルシャで人気のあった食べ物とか…。」

ナーディルのペルシャ時代には、私も含まれているのだろうか。
それが、顔に出たのだろう。レジーナは苦笑して「貴方は出て来ない話ばかりよ」と言った。

私が、決して触れて欲しくない部分に、彼女は立ち入らない。
それは、出逢った頃からそうだった。それが、彼女の優しさなのだ。

「でも、1つだけ…貴方とナーディルが出会った時に、ロシア式のレモンティーを振る舞った話だけは聞いたの。だから、淹れてくれないかしらって。」

彼女が穏やかな表情でそう言う。

私と彼女の共通の趣味や、好みは大して多くない。オペラ、あとは紅茶好きくらいだ。オペラも私の方が詳しすぎるので、彼女はあまり話をしたがらない。無知すぎて話し相手になれないだろうから申し訳ない、と彼女は言った。彼女が好きなことを話しているのを見るのが好きだから、どんな話でも構わないのだが、彼女はそうではないようだ。

「レモンティーなら、レモンさえあればいつでも。次は、レモンティーにしようか。」

「でも、エリック。私にも淹れ方を教えて欲しいの。良いかしら?」

「あぁ。」

連れ立ってキッチンに向かい、レモンを取り出す。レジーナはレモンティーに向いている茶葉をいくつか選び出し、私にどれが良いかと訪ねた。その中から一種類選ぶ。

特にこれといった淹れ方も無いが、隣に立って私の様子を見守る彼女は嬉しそうだった。

「こうやって、貴方が異国のお茶を淹れるのを見てるのが好きよ。思い出の一部を共有している気がするから…」

最後にレモンスライスを潜らせる。
水面が、僅かにレモン色に変化してみえた。

あまり行儀が良いとは言えないが、そのままキッチンで一口。

「次は、いつも作ってくれるミルクティーを教えてね。私、エリックが淹れるお茶で、あれが一番好きよ。貴方の優しさが出てるもの。」

微笑んだ彼女を見て、私は心まで温まるのを感じた。

私が過去を語りたがらないのを知っている彼女。それでもやはり、気にならないわけではないのだろう。それを、異国の飲み物を知るという、そんなささやかなことで共有しようとしてくれる優しさに、私は堪らなく心を奪われているのだと感じた。


「ミルクティーの次は、トルココーヒーを淹れてあげよう。」

「楽しみにしているわ。」

レモンティーが、こんなに爽やかで、甘い飲み物だと思ったのは、初めてだった。





「レジーナ、ナーディルとは余り仲良くするんじゃないよ。異国の話なら…私だって少しはしてやれるんだから。」

私が思い出した様に、そう言うと。

「ナーディルの話は面白いのよ。私達、友人なのだから、友人らしく仲良くはするわ。」

彼女は、悪戯な微笑みでそう返す。
私の嫉妬を面白がる彼女に、どうすれば彼女の気を惹けるのか考えながら、私は紅茶を飲み干した。





END


***

555HITの迅様のリクで甘い話とのことだったのですが・・・。
最終、押し倒すはずが・・・;あれ?みたいな。そして、あんまり甘くなくてすみません・・;平穏なかんじで。

555HITありがとうございます!





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